オシャレだったパソコン誌

小学生のころ、僕はMSXというホビーパソコン、つまり低価格で、ゲームソフトが色々あって、プログラミングもできる、普通のパソコンよりの廉価版?のようなものを買ってもらって遊んでいました。

当時はファミコンブームが起こった頃で、僕もできればファミコンが欲しかったが、ちょっとお堅い親がそれを許してくれるはずもなく、プログラミングとかに興味をもってくれればという思惑を親が持っていたかはわからないが、MSXというホビーパソコン、つまりはパソコンの廉価版?を買ってくれました。

コナミがコンシューマー向けのゲームを作り始めたのもMSXが最初だったはず。ただ、ゲームソフトはファミコンもそうですが、子供には当然高く、そうそう買えるものではありませんでした。
ではどうするかというと、MSXに限らず、当時はパソコン雑誌が色々あって、中には市販ゲームにはグラフィック等では全然及ばないものの、そこそこ遊べるゲームのプログラムが掲載されており、それをコツコツを入力して、友達に披露して一緒に遊んでいたことを覚えてます。

MSXならではのBASICもあるし、マシン語もありました。BASICはまだ子供ながらになんとなく内容がわかるのですが、マシン語は16進の数字が延々と並んでおり、しかもそれが5ページ、6ページとぎっしりと書かれていて、僕はそれを毎日少しずつ入力し、3~4日間、場合によってはそれ以上かけて入力し、遊んでいました。
写経のような、仕事のような、非常にストイックな雰囲気なのですが、ゲームが遊べることを夢見てストイックに取り組んでいたことを今のはっきりと覚えています。

当時印象的だったのは表紙。MSXの雑誌「MSXマガジン」もそうだが、「MSXポケットバンク」というシリーズ本。
これらの表紙は当時の僕はとてもオシャレに見えていた。是非、「MSXポケットバンク」で画像検索してみてください。
特にハイセンスだったのは上記「MSXポケットバンク」の「プログラムDJ」。

表紙もパソコンの本とは思えず、更には内容もちょっと変わっています。簡単なプログラムが書かれているのですが、それに加えて軽妙な文章で「DJ」の名の通り音楽も紹介していて、パソコンがわからなくても文章だけでも十分楽しめる内容でした。

月刊アスキーや最初に書いたMSXマガジン、そして月刊LOGIN(ログイン)、どれも表紙は洗練されていたのですが、あれは一旦何故なのかと考えるに、恐らくアスキー編集部が存在していた場所によるのではと思っています。当時アスキーは南青山にあったそうで、私がパソコンをやりだした1980年代からは現在同様ファッションの町としても有名になっていた頃だったはず。その街の雰囲気?があのハイセンスなデザインを生み出していったのではというのが私の勝手な推測です。

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