農業をかっこいい生業に ~未来へつながる日向の地域づくり~
地域をまもる日向屋さん
和歌山県田辺市上芳養地区は人口約1700人。その地区内に日向(ひなた)集落はある。主な産業は農業で、全国的にも有名な紀州南高梅やぽんかん・清見・八朔・温州みかんなど多種類の柑橘の産地である。
古くから農業とともに発展してきた日向を悩ませる問題が出てきた。それは「高齢化による担い手不足」「耕作放棄地」「鳥獣害被害」の農業3大問題である。「このままでは日向がなくなってしまう」と危機を感じ立ち上がったのが『チームHINATA』(現在は株式会社 日向屋)だ。
代表の岡本和宣さんは自身も日向で果樹園を営む農家。家業を継ぐ前は日向を出て、ホテルの受付の仕事をしていた。戻ってきたとき、元気のなかった日向を見て「大好きな日向をまもっていきたい」という思いで『日向屋』を立ち上げた。その理念に共感し集まってきた日向生まれ日向育ちのメンバー、さらに今では集落外からのサポーターも一緒に活動している。岡本さんの取り組みは日向住民を巻き込みながら、自然にも生き物にも寄り添った取り組みになっている。
厄介者を人気者に変えていく
地域内で解決しきれずにいた農業3大問題を、地域内で愛されながら解決していく『日向屋』。まず取り組んだのは鳥獣害対策だ。「ただ罠を仕掛け減らしていくのでは、動物の命を粗末にしているだけでなく人間のこころもしんどくなっていく」、そう考えた岡本さんは「農作物を荒らす厄介なやつ」ではなく、「命をありがたく美味しくいただく」という意識に変えていこうと活動していった。
まずは日向住民の理解を深めるために「ジビエを知る会」を開催した。日向でフレンチレストランを経営する『Restaurant Caravansarai』の更井亮介さんがジビエ料理を提供。ジビエを美味しく食べる調理法や安全性の理解に繋がった。そういった活動のおかげで、ジビエの解体処理場「ひなたの杜」はひっそりと隠れることなく日向の一等地に建っている。
ジビエ解体処理場 ひなたの杜
地域の宝となったジビエは、日向ファンを増やすグリーンツーリズムの企画にもなっている。狩猟体験ではなぜ狩猟をはじめたのかという座学から罠の見回り、実際にかかっていたらその場で屠殺し、バーベキューでいただく。普段見ることのできない生き物が食べ物になる瞬間を見ることで、心の底から「いただきます」という感情がこみあげてくるような体験ができる。
「日向屋さんはかっこいい」 小学生のあこがれに
全国各地で農業を生業としている人は減っている。農業を継いでいる岡本さんだが、子どものころの農業に対するイメージは3K=きつい・汚い・危険だった。そんな不快感を吹き飛ばし、
新3K=カッコよく・価値を生み出し・革新的な農業
を日向屋で目指している。
取り組んでいるのは子どもたちへの食育。耕作放棄地を利用して、保育園児と野菜の栽培やみかんの収穫体験を行っている。自らどろんこになって種を植えて、実がなって収穫するという体験は子どもたちと農業の距離を近づけている。最近では農業用ドローンの勉強会を小学校で行った。参加した小学生からは「おじいちゃんの畑でドローンを使ってお手伝いしたい」という声が上がった。最新の農業を知ることで、農業に興味をもつきっかけになっている。
大根の収穫体験をする子どもたち
小学校で行われたドローン教室
高齢で農作業ができなくなった畑には『日向屋』が助っ人となり、作業をしている。子どもたちへの食育、耕作放棄地の活用、農作業の受託を行う日向屋は存在感がある。それを示すように日向の小学生から「日向屋さんはかっこいい」と憧れの職業になっているのだ。岡本さんが目指す新3Kの姿に近づいている。
日向を味わうならこちらから
日向では、美しい景色・おもしろい人々との出会いはもちろん、美味しい出会いも待っている。
『日向屋』のウェブサイトを覗くと、青梅や温州みかんなどの生の果実から加工品である梅干しやみかんジュースを販売しているオンラインストアがある。そこには「日向屋で扱う商品はすべて地元産まれ地元育ちの農作物を使っています。」と書かれている。
かつて日向はみかんの生産地として栄えていた地域。しかし時代の流れによって梅の価格が高くなると、みかんの木を切り、梅の木を植える農家が増えていったそう。それでも「日向のみかんをなくすまい」と作り続けた農家さんが多くいる。厳しい経営を乗り越え、日向のみかんの味をまもり続けた農家さんの味を届けたいという思いで『日向屋』は販売している。
加工品は地元の就労支援施設のみなさんと作っており、どの過程にも日向の人の想いが込められている。
日向の優しくて大きな愛情がこもった商品、ぜひお試しください。
代表の岡本さんがこれからの目標を話してくれた。
「『日向屋』がもっと有名になって長く続く企業にしたいです。ただ『日向屋』で儲けようとは思っていません。取り組んでいることに後からお金がついてくればいいと思っています。携わる人や物事が増えて、新しくおもしろいことができるようになれば、子どもたちの未来につながるし日向に帰ってきたいと思ってくれるようになると思います」
太陽に照らされてできる "ひなた" のように
『日向屋』の存在は "日向" の未来をあたたかく照らしている。
文:山下 春奈
写真:永井 克(3, 4枚目)