「虫食い」だって価値になる、「BokuMoku」が生み出した熊野の森の未来
森の課題に取り組む循環型熊野家具プロジェクト
和歌山県は古くから「紀州・木の国」と呼ばれ、山が多く木材に恵まれた土地でだ。そんな和歌山県で採れる紀州材は、首都圏を中心に多く出荷されていて、キメの細かく美しい、強度、耐久性に優れたブランド力のある木材である。
しかし、戦後に売れていた木材が、高度経済成長の際に足りなくなり、外国の木材を輸入したことにより、国内の木材の金額がピーク時の四分の一以下にまで下がってしまった。さらに課題となっているのが、「あかね材」だ。
あかね材とはスギノアカネトラカミキリ虫というカミキリ虫によって、木の中で食害の痕が残ってしまった木材のことを指す。虫食いの痕と変色というのが、あかね材に見られる特徴だ。あかね材の被害は和歌山県の南部だけでで起こっていたが、山が荒れていることと、温暖化の進行によりどんどん被害が北上している。
建築材として構造上の問題は無いが見た目が悪く、敬遠されて実際使われていないというのが現状である。このあかね材が増えることによって、どんどん木材価格が下がっていく。その結果、森林に手を入れなくなり放置されている山が増え、熊野の山が荒廃していく。
そういった現状を変えようと活動しているのが、あかね材を利用した循環型熊野家具プロジェクト「Boku Moku(ボクモク)」。名前は「素朴な木」という意味から付けられた。
今回はBokuMokuのメンバーで、育林業を行う中川雅也さん、家具店の榎本将明さん、デザイナーの竹林陽子さんの3人にお話を伺った。
ーBokuMokuの家具、製品の特徴は何ですか?
榎本さん:BokuMokuの作る家具は、紀州材でありながら、価値が無かったとされているあかね材に、高いデザイン性をプラスしているのが特徴です。あかね材の「虫食い部分」を隠すのではなく、木が持っている個性の一つとして捉えてデザインされています。市場に出ないような、安く買い叩かれる木材全般を「ボクモク」と名付けて、あかね材に限らずいろんな木材を活用していこうという意味で名付けました。
節も虫食い跡部分もひとつのデザインとして取り入れ、それを個性として表現するようなテーブルや椅子などを作っています。これを作ってどんどん販売していくことで、建材以外の消費を作っていきたいなと思っています。
“他力本願”から始まった異業種コラボ
田辺に移住し、グラフィックデザイナーとして、そしてBokuMokuのメンバーとして活躍されている竹林さんに移住の経緯や異業種プロジェクトの発足についてお話をお伺った。
ー竹林さんは、もともとどういった仕事をされていたのですか?
竹林さん:私はもともとは京都出身で、結婚を機にこちらに来て10年勤めたデザイン事務所が、経営が厳しくなったということで独立して、独立したばっかりのころ「たなべ未来創造塾」※に入りました。
※たなべ未来創造塾:田辺市で行う、地域資源の活用と地域課題の解決に向け、企業の営利活動との共通項を探し出し、本業を生かしてできるビジネスモデルの創出、ビジネスリーダーの育成を目指したプロジェクト。
ーあかね材の存在は知っていましたか?
竹林さん:たなべ未来創造塾に入る前は山に興味があって、よく熊野古道を歩いたりとか、森林ツアーとかによく参加していて、そのつながりから、こういう森林の問題があるのを耳にしていました。今までは建材を中心として、PR活動をしてきたけれども利用が進まなくて、デザインのチカラで盛り上げられんかな?みたいなことを相談受けたというのがきっかけです。あかね材の課題は、一人では到底扱えない壮大なテーマだと分かっていたので、"他力本願" 的に誰か一緒にやってくれないかなと参加しました。
ーメンバーが全員、異業種のプロジェクトとのことですが、3人はどのように繋がったのですか?
竹林さん:今は田辺市の林業や製材所、家具屋、木工、一級建築士、グラフィックデザイナーの6名でチームを組んでいます。
私は、たなべ未来創造塾に1期生として参加し、田辺市の課題を解決してビシネスに変えるということをテーマに一年間学んできました。その最終のプレゼンの際に、『虫食いのあかね材をブランディングしていくことで、自分自身も成長していきたい。』とお話させていただいたときに、榎本さんが『じゃぁ一緒にやろう』と言ってくれたことから始まりました。そして、たなべ未来創造塾を運営している田辺市の鍋屋さんに『面白い変態林業家がおる!』と中川さんを紹介してもらい、そこで3人で一緒にやってくことになり、最初のBokuMokuチームを作りました。
ー異業種のメンバーでプロジェクトを行うメリットは何ですか?
榎本さん:異業種の方が集まると、いろんな情報がいろんな方向から入ってきます。僕が家具店で働いていて、入ってくる情報量は限られていますが、それがデザイナーさんなり、林業、製材、木工、一級建築士など、いろんな方面から依頼や情報が入ってきて、それをみんなでキャッチし共有できるところが、すごく強いというか、有利かなと思っています。
荒廃した山が、孫の笑顔一つで価値に変わる
ー田辺にある森はいまどういった状態なのですか?
中川さん:現在、田辺にある森の88%が杉とヒノキです。近代にかけて全国的に針葉樹が多くなってしまいました。それに伴って花粉症が増えたとも言われてます。なのでBokuMokuとしても、切った山の再生ということで、もう一度広葉樹に戻し、植える前の昔の山づくりをしていこうと、家具の販売の利益を山へ還元するという形でのプロジェクトも進めています。
山がスギ・ヒノキばかりで、どんぐりや木の実といった鹿や猪の食べるものがなく、獣害が問題になって農作物に影響を及ぼしています。なので、せっかく山を切って再生するのであれば、『鹿や猪が食べられるものを』ということで、広葉樹を植えることにより、少しでも動物と人間の共存というものが山づくりとしてできるのでは無いか。というのが、長期的な目線で見たプランとしてあります。
ープロジェクト通して良かったことはありますか?
中川さん:まずはワークショップを通じて、釘打ち体験だとかを4歳〜6歳ぐらいの幼稚園の子たちがやるんですね。おじいちゃん、おばあちゃんが一生懸命ついてきて、その写真を撮るんですよ。それで終わりなのかなと思ったら、『実は私は山を持ってるんです』って。子どもたちが木のことで笑っている姿を見て『私の山で孫たちになにか出来ないか?』とお話をいただきました。
持っていても仕方無いと思っていたものが、子どもたちの笑顔一つで、一気に価値のあるものに変わって、もう一度、自分たちの代でくたびれた山をなんとかしようと考えてくれたのは、個人的にはすごいインパクトがあったことですし、自社の仕事にもつながっている部分になります。
竹林さん:たった一人で、いままでフリーランスでやってきて、自分ひとりではできないと思い込んでいたことが、田辺に来ることで、これだけいろんな広がりができたと感じていて、それが一番私はうれしいことですね。たしかに、収益とか利益をあげるのは、それも必要ではあるんですけど、それ以上のものをこの活動を通して得ることができたなと思っています。温かい気持ちに自分自身でもなれたなと思っています。
現在、椎の木をフレームに使ったミラーを作成している。虫食い部分をそのままにすることで唯一無二の素材の味を表現している。
いろんな業者の方が力を合わせて、地域の住民と共に、はじまりは身近なワークショップのようなところから、将来的な森林の大きな課題に取り組んでいく。見直されつつある「自然との距離感」の測り方の新しい形であるといえる。彼らの今後の活躍が楽しみだ。
文:﨑山皓平
写真:永井 克(1, 3枚目) 榎本将明(2, 4, 5枚目)
▽『Boku Moku』メンバー・榎本さんのインタビュー動画もぜひご覧ください!