石山流“弱さを見せられる強さ“が示す、これからのつながり方
人を引き付ける田辺の“喋れるのび太”?
石山登啓(のぶひろ)さんの周りは、いつも大勢の人と笑いであふれている。大きな声に身ぶり手ぶり、そして笑顔も大きい。一方で、聞く時はこちらの話に真剣に耳を傾けてくれる。普段は地元の高垣工務店の社長であり、アドバイザーを務める田辺市の起業家創造塾「たなべ未来創造塾」のなかでも、受講生からよく相談される人No.1だという。高垣工務店社内の交流スペース『シリコンバー』は、市長参加のシンポジウムが開かれるほどの、田辺の拠点だ。
『シリコンバー』でのイベントの1シーン。熱が入ると、つい参加者の近くに行って話す石山さん。そして、皆を笑いの渦に巻き込んでくれる
そんな石山さんは頼れる完璧な人かと思いきや、そうでもないらしい。むしろ「僕は喋れるのび太。つまりポンコツ」とご本人は豪快に笑う。なにしろ小学生のとき、クラスに”お世話係”がいた位の世話の焼ける子どもだった。さらには、若いころに一度会社を飛び出したが、転職先でうまくいかずに土下座をして戻っている。他にも失敗のエピソードには事欠かない。
だがその後、社長が倒れて倒産の危機にあった会社を救ったのも、石山さんだった。弱さをさらけ出せるその姿に、きっと皆が心惹かれ、手を差し伸べたくなるのだろう。それは”弱さを見せられる強さ”だ。
個性を活かせる場所を探すのが、社長の仕事
自分のポンコツ具合を受け入れる石山さんが社長の高垣工務店もまた、“ポンコツの集まり”らしい。
例えば初めて大卒の学生を採用してみたら、営業をやらせても現場に行かせても、全然うまくいかない。他人とのコミュニケーションがとても苦手なのだ。そうなると周りも困るし、本人も落ち込む。でも、石山さんは諦めなかった。なぜか。
「本人が自分のダメなところを認めて、それでもこの会社に居たいし、役に立ちたいと言う。じゃあこっちも投げ出す訳にはいかないでしょう。」
その後、メンテナンス部に配属してみると、開花した。縁の下で皆を支える仕事が多いけれど、データをとって整理したり、情報をまとめたりの地道な作業の積み上げが、本人に合っていたようだ。引き渡し式の司会をすると、彼独特の間の語りが「味がある」と評判だ。
社屋の前で。若い社員が活躍していて活気がある
そんな会社の空気が伝わるのだろう。最近では就職説明会を開くと大人気で、大阪など都市部から移住して入社する学生も増えてきた。倒産の危機にあった時は7人だった社員が、今や57人の大所帯になった。
工務店は“人生のお世話係“
石山さんは言う。「昔は棟梁というのは、建てた家の“人生のお世話係”の役目も担っていたんですよ。各お家の方がその後も幸せに暮らせるように、それ雨漏りだ畳替えだ、ってメンテナンスをしたり、時には人生相談に乗ったり。ずっとお付き合いを続けて、地域に寄りそってきた。」
その精神性と町の人との結びつきは、時代が変わった今でも高垣工務店に受け継がれている。石山さんが会社に戻った後、社員一丸でお客さんと真剣に向き合う姿が評価され、何と全国の工務店の『顧客満足度最優秀賞』に輝いた。「社長が倒れて会社が危ないんですよ」と同情を買っただけだと謙遜するが、次のお客さんへの紹介率72%が、地域の人からの信頼度の高さを物語っている。
創業69年目。これからも「あっとうてきに、いいひとたれ!」(『高垣理念』より)
また、石山さんは地元の保護者に頼まれたことがきっかけで、児童発達支援の施設「ハッピーテラス」を作った。
それは子どもだけではなく、「肩身の狭い思いをする機会が多い」というお母さん方も救うこととなった。「石山さんの自由さを見てたら、うちの子も何とかなるやろうって、勇気出るわ」と冗談混じりに言われる。会社主催の「高垣マルシェ」には、お母さん方の手芸作品が並び、晴れがましい発表の場にもなっている。
一方で、高齢者の方に「わしらの遊び場作ってや」と言われて、機能訓練専門デイサービス「きたえるーむ」を立ち上げた。元気な高齢者が増えることで、健康な地域づくりに一役買っている。こうして、子どもの頃には面倒を見られる側だった石山さんは、今や皆に慕われ、「相談したら何とかしてくれるだろう」と頼られる存在になった。
完璧じゃない田辺だからこそ来てほしい
石山さんに、田辺の良いところ、悪いところを聞いてみた。
まずは悪いところを、笑いながらこう語る。「若者が一度出たら帰ってこない!放流した鮭が群れで帰ってくるかと思いきや、ちっとも川をさかのぼって来なかったら、怒りを覚えるはずですよ!」
そして、良いところ。「地域を盛り上げるプレーヤーがたくさんいて、タレント揃い。特にたなコトアカデミーに関わっているメンバーは、田辺を一度出て、挫折した経験がある人間が多い。改めて地元の良さを知って、何とかしたいという思いを強く抱いている。みんな頼まれてもいないのに、自分がやらな!と張り切る”素敵な勘違い”の集まりなんですよ。僕をはじめね!」
味光路で夜ごと進むお酒、深まる友情。たなコト一期生・神田瑞樹さんとのある夜
そんな愛すべき大人達が集うのが、田辺きっての飲み屋街「味光路(あじこうじ)」だ。個性的な200店では数々の酔っ払い話と共に、絆が深まっている。
田辺には人口減少の他にも、都市部からのアクセスの悪さなど、課題は多数ある。でもだからこそ、少数精鋭の仲間たちで知恵を出し合い、お互い助け合うことでつながりは強くなる。それはちょうど、平和な日常の中ではケンカをしがちなジャイアンやスネ夫、のび太たちが、映画になると敵の前で団結する姿に似ているかもしれない。
完璧じゃないからこそお互いの弱さをフォローして、課題を解決しようとする人たちが集う町、田辺。その未来はきっと明るい。いつだって物語になり得るのは、出来杉くんじゃない、のび太だ。
文:高橋 朋子
写真:永井 克(1枚目) 他、石山さん提供