つながりをいただくフランス料理店・更井亮介さん
和歌山県田辺市上芳養(かみはや)にあるフレンチレストランのオーナーシェフ更井亮介(さらいりょうすけ)さんにお話をうかがった。
レストランの名前は、Caravansarai(キャラバンサライ)。ペルシャ語で「隊商宿」を意味する言葉で、もちろん更井さんの名前にちなんでいる。野生のイノシシやシカなどの肉を使ったジビエ料理が有名な店だ。
お祖父さんの建てた梅蔵をフレンチレストランに
高い天井に、風合いのある柱と壁。呼吸が軽くなるような空間で、フランス料理を楽しめる。
建物は、築50年。「一目30万本」といわれる田辺梅林として有名な地区にあり、もとは更井さんのお祖父さんが南高梅を漬け梅干を作っていた倉庫だ。壁には、チョークの文字を今も残している。梅を漬けるときの量のメモだそうだ。
お店に着いたら、ぜひ入り口の梁のあたりをチェック!世代を超えたつながりが感じられるだろう。
つながりをいただく~ある日のメニューより
地の物をいただけるレストランというのは、旅の大きな楽しみ。遠くからでも訪ねていきたくなる料理が、ここでは毎日メニューに並んでいる。
「和歌山は、山の幸も海の幸も一年中途切れないのが魅力ですね」と更井さんは言う。地元の農家からは、野菜だけでなく、イチゴやミカンといったフルーツも四季折々に届き、近くに漁港があり、知り合いの漁師さんから魚を仕入れている。
ある日のメニュー
『勝浦産ビンチョウマグロのマリネ 地ビールのガレットといちごのクリーム』・・・マグロ・いちご・地ビール「Voyager Brewing」
『梅香るフォアグラ』・・・フォアグラの上に梅肉
『天然真鴨のロティ 温州みかん添え』・・・ジビエに、この土地の名産の温州みかん
『田辺産平鯵のあぶりとリンゴのサラダ 自家製梅ドレッシング』
彼はブランディング目的で地の物を扱っているのではないのだろう。良いものを手に入れるためにできた人とのつながりが、この地ならではの素材を運んできて、おのずとその土地の恵みとつながったレストランになっている。
フォアグラ料理は、お店をオープンした時から変わらずコースに入っているそうだ。
フォアグラの上に、梅肉が載っている。フレンチと言えばフォアグラ、和歌山と言えばウメ。この店の定番メニューだ。
フォアグラは、更井さんがフランス料理のシェフを目指すことに決めた思い出の食材。地元にフレンチレストランがなく、大阪の調理師専門学校の実習で初めてフォアグラを食べ、衝撃を受けたのだそうだ。地元を出るときには、「板前になる!」と言っていたにも関わらず(笑)
それからフレンチ一直線。地元にしっかりしたコース料理のレストランを作ることを誓い、その夢を実現する情熱を保てた大切な出会いだ。独立してからは、ランチにまでフォアグラを出して、「地元でフレンチを」という初志を貫徹している。
ジビエ料理は、この店ではコースの定番として楽しめるので、これをお目当てに訪ねてくるお客も多い。流通量が限られる野生動物の肉料理が年がら年中楽しめる店なんて、フランスに行ってもなかなか見つけられないだろう。
なぜ、できているのか?この地ならではのつながりに支えられているのだ。
更井さんが子どものころから兄貴と慕う幼馴染の岡本和宣さんが、「チーム日向」として更井さんも住む田辺市上芳養の日向地区で、農作物を荒らすイノシシやシカなどの対策を行なった。害獣として「駆除」の対象と見るのではなく、里山で共に棲むいきもの同士として、いただいたいのちを尊重して最後まで活かすために、野生動物を食肉にする解体工場を作ったのだ。
更井さんもこの「チーム日向」の一員となり、いのちのつながりの一端を担うことで、特色あるレストランが生まれ故郷で実現したのだろう。
おや? この料理にはリンゴが使われている。
新鮮な和歌山の恵みをふんだんに使う料理を楽しませてくれる店だが、長野のリンゴも皿にのることがあるらしい。ここに、更井さんらしさが現れている。
彼は以前、長野のフレンチレストランで腕を振るっていた。そのお店は、料理人自らが生産者から仕入れるスタイルで、出勤前に畑に行って、その日に使う食材を自ら収穫させてもらうことも多かったらしい。こうやって、作る人とのつながりの作り方や素材に対する目利きを鍛えたわけだ。
これまでのつながりを絶やさず生かす……人としてなかなかできないことを、この若いシェフは続けている。
調理実習から次世代に希望をつなぐ
更井さんは、次世代への食育にも取り組んでいる。
長野県松本市の栄養士を目指す大学生たちには、シカを解体するところから指導したそうだ。
地元の学校では、「いただきますの意味」を伝える更井さんの授業が大人気。小学生も取り組みやすい料理にジビエを取り入れ、「どうしてイノシシやシカが山から下りて自分の家の田畑を荒らすことになったのか」「いのちをいただく」というテーマを伝えている。
中学生たちは、Caravansaraiで行う職業体験に殺到するらしい。すでに、地元の人たちのあこがれの場所になっているのだろう。
更井さんは、オーナーシェフとして忙しい毎日なのに、なぜこんなに熱心に取り組んでいるのだろうか?
「地元には、たくさん良いものがあることを伝えたい」という言葉が返ってきた。
過疎が進めば、「田舎には何もない」と思いがちだ。四季折々の豊かな恵みがあっても。
「ジビエで害から宝へ」を実現し全国から注目される地元の活動、Uターンしてフレンチレストランを独立開業、柔軟な発想力や仲間と一緒に課題解決してきたこれらの冒険のような話を、地元の先輩から直接聞く機会があるこの地区の子どもたちはなんと幸せなことだろう。「やればできる」って、ことですね!
でも、更井さんは、はにかみながら言った。
「自分は、調理実習のお菓子作りが楽しくて料理人を選んだから……」と。
将来の夢につながるのは小さなきっかけだと知る人は、そんな小さなことから始まる夢を次世代にもつなげていこうとしているそうだ。
次は、昔ながらのパンケーキショップ
更井さんにも次の夢があるそうだ。
「帝国ホテル仕込みのパンケーキのお店を考えている」とのこと。
まだ内緒にしておいた方が良かったかな。皆様に、初公開。
彼は大阪の調理師専門学校を卒業した後、帝国ホテル大阪に就職した。
そのころのつながりも、もちろん今に続いている。
上芳養で獲れたジビエを帝国ホテルの先輩たちに紹介し、それが新聞に取材されたこともある。ジビエを自分の専売特許のように独占するのではなく、つながりを生かして広める活動も行っているのだ。
そんな更井さんが、帝国ホテルで勤めていたころに作ったパンケーキと同じものを、田辺でも作りたいと言っている。
「昔ながらのレシピで、なつかしい形のね」
「あ、それはホットケーキ?!」
みんなが集う場所になりそうだ。
彼の夢がまた一つ実現することを祈る。
文:山口千咲