傷つけない、奪わない
言い過ぎちゃったな、やり過ぎちゃったな、と思うことはあるものです。何かが「過ぎる」ということは、基準値があるということですが、その基準値は常識や良識という社会が決めたものと言うよりも、「傷つけない、奪わない」という基準があると考えるとよいです。思っているよりも傷つきやすく、思っているよりもわかっていて、だけど思っているよりも気がつかず、思っているよりも伝わっていないものです。それは他者だけでなく自分自身も同じです。
「傷つけない、奪わない」と、気をつけることが大事なのではなく、このことを知ったうえで、自分のことを知っていくことが大切です。自分の中のどこかに陰りがあり、そこだけがどうしても見えないとなると、その影の影響によって、他者に対して、無自覚に押しつけたり奪ったりすることにもなります。自分を知っていくにつれ、「こうすべきだ」と、良かれと思って押しつけたり、「やれ」とか「やるな」と言いたくなることも少なくなっていきます。自分に言うべきことを、他者に言う必要がなくなるということで、自分に言わずとも、自分のことは自分でわかっているからです。