砦から神殿へ
1年に2,3回、統合失調症で入院している50代の女性から手紙が来ます。書いてあることはいつも同じで、「美人でモテモテだから嫉妬されていじめられている、小説の出版を父が邪魔をするが、出版社の依頼で執筆に忙しい、仏教徒なのにキリスト教徒に迫害されている、世界平和のために活動している」ということです。
社会常識や良識、所属する会社や組織、社会的立場に守れていると、この手紙にあるような思い込みは、自然に上手に隠すことができますが、何かのはずみで常識や立場が外れると、人によっては心の現実の方が圧倒的に強くなり、自分をまとめることができなくなります。多くの人の心の中に、この女性のような、家族や異性、社会に受け入れられ認められたいという無自覚な思いがあるわけですが、「常識」という砦が壊れると、無意識領域にある膨大なイメージが溢れ出て、悪口を言われていなくても、自分を罵倒する声が頭の中で響きます。大なり小なり、自分を罵倒する声が自分の中で響いている人が、わりといるように思います。
社会常識や肉体は、膨大なイメージを閉じ込め、自分という存在を守っているとも言えます。地上原理も肉体も悪ではなく、少しずつ解体し再構築することで、星に繋がる神殿になります。