NPOで金持ちになってどうする?

□ずっと貧乏

僕は23才で友人の松本君と出版社「さいろ社」を起業した。当時は起業なんていうカッコいい言葉はなかったので、出版社をつくった。

最初は超極貧、松本君とはケンカばかりだった。けれども、出版社をつくるとはそんなもの、僕も彼も季刊で医療問題の雑誌を作りつつ時々単行本も作り、息抜きに「温泉同好会」や「淡水魚研究会」などをつくって楽しんだ。

2年くらいたった頃だろうか、東京の大手出版社から編集プロダクションの仕事が舞い込み、やっと我々は食べていけるようになったが、その前もその後も、延命医療や看護婦/士不足や脳死臓器移植の単行本で世間的に話題になったものの、基本的にビンボーでその日暮らしだった。

□ 現在も中央値程度

僕にはその体験が原点にあるので、自分のやりたい社会貢献活動(出版活動も支援もNPOも僕には同じ)をする際、ビンボーが当たり前という感覚がある。

だからその後支援者に転身しNPOをつくり行政と多くの委託事業を手がけてきたが、さいろ社初期ほどではないものの、基本的にそんなに自分に支払ってはない。

プラッツスタッフが厚生年金に入る際も、確か自分がラストだったと記憶する。

現在も中央値程度だ。だから、SNSで「大企業の役員並みにもらっている」と堂々と宣言したり、諸報道で結構豪遊する(というか出費する)団塊ジュニア代表たちの動きを見ていると、まあ僕は旧世代だ。

□ モデルは淡路プラッツ塾長の蓮井学さん

僕のモデルはさいろ社であり、そして亡くなった淡路プラッツ塾長の蓮井学さんだ。蓮井さんは家族もいて子どもさんも複数立派に育てていたが、基本ビンボーだった。

初期のプラッツはきちんと人件費を支払っていたものの、保育士(だったと思う)の気さくな奥さんが家計の中心を担っていたと想像している。

けれども蓮井さんはおおらかというかテキトーで、支援者としては偉大だったものの近い人たちに迷惑をかけつつ愛されて病で死んでいった。

ここまで極端な例も少ないだろうが、現在「稼ごう」とする団塊ジュニアたちは、蓮井さんのような団塊/全共闘世代に絶対なりたくないのだと思う。

□ NPOは金持ちになってはいけない

僕もそんなジュニアたちの気持ちはわかる。けれども、長年社会貢献活動を行なってきて僕が感じることは、マイノリティに寄り添う活動で利益はそれほど生まれないし、個人的にそれほど稼がないほうがその活動に説得力が出てくるということだ。

つまり我が国には、

〈マイノリティに寄り添う活動は、稼いでしまうとなぜか説得力を失う〉

というエートスが漂っている。言い換えると、

〈マイノリティへの支援は稼いでしまうとメリットが薄れる〉

ということだ。

これは、法人としてミッションに沿った売り上げに達することとも同時に走っており、有効なNPO活動を行なう際、おそらく売り上げ数十億規模(それでも中企業程度)までいくと、NPOとしてなぜか説得力を失う禁欲的気分/エートスが近代以降の日本社会に漂っているのでは、と僕は感じている。

これらを倫理的に言い換えると、NPOでミッション通りの社会貢献活動を行なう時、

〈NPOは金持ちになってはいけない〉

という社会規範が共有されているように感じる。

多くの社会規範が大嫌いなロックンロールで川久保玲な僕も、これは58才になった今でも保守的に受け入れているようだ😀

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