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『大好きな“物づくり”を仕事に』美術作家“内林武史”さん

美術作家をされている内林武史さんにお話しを伺いました。小さい時から物を作ることが大好き!という内林さん。個展ではお客さん一人ひとりとの交流を大切にしている姿が印象的でした。本日は、そんな内林さんの人生ストーリーをご紹介します。

プロフィール
出身地:東京都武蔵野市
活動地域:東京都江東区
現在の職業及び活動:美術作家、オブジェ作家、造形作家、アーティスト。木材、金属、鉱物、電気部品…など様々な素材でオブジェ作品を制作している。機械、都市、記憶、宇宙、時間、幾何学…をテーマにした展覧会、国内海外のアートフェアで新作オブジェを発表。現在は東京都江東区の元鉄工所を自ら改装したアトリエ倉庫[modif]で様々なイベントを企画しながら物作りをしている。

展覧会での“出会い”がすべて

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?
内林武史さん(以下、内林 敬称略)
:いつも次の個展のことで頭がいっぱいですね。次の個展がうまくいくように、見に来てくれたお客さんが楽しんでくれるように、自分が楽しめるようにするのが夢ですね!個展は、毎回違ったテーマで作品を作っています。お客さんには毎回違ったものを見せたいという想いがありますね。

個展のためにテーマを決めて、その個展のための作品をつくるやり方をしています。個展についての漠然としたビジョンは、頭の中にあるのですが、その通りなるかどうかは毎回分からないですよね。作品を作りながら出来ていくことに面白さがあるんです。

自分は芸術家であり作家でもあるのですが、ある意味サービス業でもあるんですよね。人ありきの仕事だと思っています。個展は、自分が満足するだけではなくて、お客さんに楽しいとか、驚いてもらいたいとか、初めて見たけど懐かしい感じがあるとか思ってもらいたいんですよね。個展では、お客さんがどのような反応をするのかを見えるのが楽しいですね。

作家が1年とか長い期間をかけて作る作品を発表する時間は個展の15日間です。その15日間に全てをかけていますね。だから、個展の時期はなるべく毎日行って、お客さんの質問に応えるようにしています。個展に足を運んでくださること自体が凄いことだと思っています。

Q.内林さんにとって“作品”とは何ですか?
内林:作品とは、自分自身ですね。自分に代わって話してくれて、気持ちを伝えてくれる存在であり、自分の記憶から生まれたものでもあるので分身ですね。

とにかく物を作ることが好き!

Q.「毎回違った個展をする」という夢・ビジョンを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?
内林::20代半ばの頃は、どうすれば自分の個展ができるのかを考えていましたね。渋谷のギャラリーに自分の作品を持っていた時もありました。自分の作品が売れた時はすごいことだなと思いましたね。当時は、ギャラリーに知り合いや師匠がいるわけでもないし、美大を卒業している訳でもないから、どうしたら良いのか必死でしたね。いつか個展をしたいなと思っていました。

今、その時の夢が叶っているし、今の生活にも満足しているので、作家がそれ以上に何を求めるかなという感じですね。目標計画というか、とにかく好きでずっと物を作っているんですよね!他の人から見たら驚かれるかもしれませんけどね。子どもの時から物を作ることが好きで、今も仕事にできているので幸せだなと思っています。

Q. 現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?
内林
:自分の場合は、作る前に完成形の絵を描かないんですよね。こんな作品を作りたいという漠然としたイメージがあるけど、完成している状態ではないので絵を描かないんです。作りながら出来上がっていく楽しさがありますね!

作品については、近所の工事現場や、橋から下をのぞいた景色とかを見て、インスピレーションが広がって、新しい作品に繋がることが多いです。なぜ工事現場が好きかというと、作りかけの構造が見えるからです。出来上がる前の骨格が好きで、機械が一生懸命に働いている姿を見ては、愛おしく感じるんですよね。

自分のことを認めれてくれた両親

Q.そもそも、その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?
内林
:父親がデザインの仕事をしていましたので、家にはさみやカッター、ボンド等が身近にありました。それが、きっかけかなと思います。道具と材料があって、親に止められることもありましたが何かを作っていましたね。環境的に恵まれていたと思います。小さい頃、物を作ることをしたいという夢は決まっていて、ずっと「大工さん」になりたいと言っていました。

18歳の時に、芸術家でご飯が食べれるとは思っていなくて、父のやっているデザインがそれに近いのかなと思ったので、基本を学ぼうとデザインの学校に行きました。その学校には、絵のうまい人が沢山いました。中学、高校で絵を書くことや工作することが1番の人たちの集まりでした。無理だと思って辞めていく人も沢山いましたね。在学中に、自分はデザインではないと思って、いつも学校の工作室で何かを作っていましたね。この学校で、世の中には凄い人がいることを学び、自分がやりたい事はデザインではなくて物を作ることだという発見がありましたね。あと、この学校で先輩や後輩との出会いがあって、今も仲良くしています。

Q.その発見や出会いの背景には、何があったのですか?
内林
:奔放に育ててくれた両親ですかね。他の友達の親と比べると違ったと思いますね。人に迷惑をかけるとか、人を傷付ける事をしないというのはありましたが、それ以外は自分のことを放っておいてくれましたね。きっと自分には無理やり何かをやらせるのはダメなのだと思ったのでしょうね。両親は、自分のことを認めてくれたんですよね。
幼稚園では、意味が分からなくて歌やお遊戯とかも一切しなかったんです。工作ばかりしている子どもでした。ある意味、不思議な子どもだったと思います。でも、両親はそんな自分のことを認めてくれたのは大きいですね。

Q.最後に読者の方にメッセージをお願いします。
内林
:もし小学生くらいのお子さんがいたら、「何をやっている時間が楽しい?」と聞いて欲しいなと思います。その時間をどんどん増やしてあげて欲しいと思いますね。違うと思ったら、また新しい道を見つけたらいいと思いますしね!

記者:内林さん、今日は本当にありがとうございました。

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内林さんについての詳細情報についてはこちら
↓↓↓
http://garag.net/index.html

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編集後記
今回インタビューの記者を担当した田中、口野です。小さい頃から物を作るという“好きなこと”を仕事にしているのが素敵だなと思いました。仕事場で取材をさせていただき、気さくに人生ストーリーを共有させていただいたのもとても楽しかったです!内林さん、ありがとうございました。今後も、ご活躍を応援していますね。

この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。

https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36