台湾ひとり研究室:映像編「TIDF2024鑑賞録-廖克發《由島至島》」
「これまで、台湾人に戦争責任はない、当時はともかく今の世代に戦争責任はない、という言い方を聞いてきました。けれども、私たちには、少なくとも次の世代に何があったかを伝える責任、何をどう伝えるかを決める責任はあるはずだ、と考えています」
290分という超長尺の上映時間を終え、あいさつに立った廖克發監督は、ほとばしるように、そう口にした。本作のテーマは「戦争の記憶とその継承」である。
「ある日、息子が聞いてきた。
“台湾の兵士は東南アジアの戦場に送られた”
東南アジアって、ぼくらの故郷だよね?」
本作は、マレーシアにルーツをもつ監督が、第二次大戦について子どもにそう聞かれたらどう説明するのか、という問いに始まる。
約5時間という超長尺で、トイレに立つ姿も時折見られたが、途中で抜けてしまう人はおらず、皆、席に戻ってきていた。その時間ももったいないと思うほどに、頭の中はフル回転で見続けた。
前半は、第二次対戦中に日本軍によってマレーシアで行われた虐殺について、現地を歩いて証言を集め、台湾籍日本兵として従軍した人たちの声をオーラルヒストリーの再演やインタビューという形で丁寧に紹介しながら、当時を明らかにしていく。日本兵として従軍した人の中には、明らかに当時の思想のままに回答した人もいれば、詳細を語ろうとしない人もいた。
後半では、生物兵器の開発や、従軍慰安婦についての聞き取りなどにも触れられていた。そして、マレーシア他東南アジアでの虐殺地への慰霊を続ける琉球大学名誉教授の高嶋伸欣さんらの訪問調査に同行取材する形で、加害の記憶をどう留めていくのか、台湾、マレーシア、日本で得られた証言を紹介しながら、観る者に幾度となく問うていく——あなたはどうするのか、と。
率直にいって、知らないこと、考えの及んでいないことだらけだった。いわば無理やりに巻き込まれたはずの台湾を、第三国の人々がどう受け止めていたのかまでは、考えたことさえなかった。入れ子状態にある加害の根源は、まぎれもなく日本にあることからスタートしなければならない。
作中、監督が取材相手に「当時、具体的にどう関わったのか」「どう見ていたのか」といった質問を重ねる様子を見ながら、私が考えていたのは祖父母のことだった。大正生まれの祖父は徴兵されたであろう世代だ。けれども、残念ながら戦時中の話を聞いたことさえない。今から考えると、彼らは「下の世代に語らない」ことを選択しただけで、彼らと無関係だったことを意味するわけではない。さらに監督は「下の世代に対する説明責任」という形で畳みかけるように問いを重ねる。
言いたくない、言えない、そのどちらかは別として、ある出来事が他者に「語られなかった」からといって「なかった」と捉えてしまうことは、大いに問題がある。あったのだ。史料における記載なども含めた膨大な取材から、出来事の存在は明らかにされている。
もうひとつ、本作を観ながら思い出したのは、院生時代の台湾人クラスメートが広島の原爆ドームを見たあとで私に言った言葉だ。
「日本人の被害の記憶ばかりで、加害の記憶についてはまるで触れられていない。ショックだった」
言葉は正確ではないかもしれない。さらに恥ずかしいことに、相手になんと答えたのかよく覚えていない。ただ、とても大事な話だから覚えておかなくちゃ、と心に刻もうとしたのだけれど、彼女に、台湾の人たちに、どう答えるかちゃんと考えないままに今日まで来てしまった。そんな私に本作は、改めて向き合うきっかけをくれた。
日本は台湾の統治をどのように行い、アジアで何をしてきたのか。統治という形でさまざまな収奪をしたことが、現在にどうつながっているのか。終戦から今年で戦後79年。当時のことを語れる人はどんどんいなくなっている。約5時間の映像は、これから私たちが、戦争を、侵略を、どう語り継ぐのか、語り継ぐための記憶をどう持つ気なのか、私たちに考えるよう迫っている。
台湾に来て11年になる。12年より前は、台湾統治ということ自体もほとんど認識していなかったし、近現代史をちゃんと理解せずに台湾に来た。語学留学時代にはアメリカ、ロシア、韓国からの留学生が初級の言葉で自らの歴史認識を語る姿に圧倒された。その後も、過去の加害や加害が引き起こしたものを、幾度となく目の前にしている。
日本人は過去に、大きな間違いを犯した。他者の土地を、言葉を、文化を奪った。少なくとも私は、それらをなかったことにはできない。いま一度見つめ直し、下の世代が同じ轍を踏まぬよう、語り継ぐ人間でありたい。
廖監督の言う「何を伝えていくかを決める責任」は、今の自分ができることだ。まずは加害の事実に向き合うこと。間違えたことに向き合うこと。問われているのは、私たちの向き合い方なのだ。
なお、本作は今年6月21日から開催される「台北電影節」のドキュメンタリー部門にもノミネートされているので、ぜひ足を運んでほしい。
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