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台湾ひとり研究室:映画編「周美玲監督《流麻溝十五號》に見る気迫」

台湾人の知人から「ぜひ日本の人たちにも見てほしい。台湾の歴史を知ってほしい」と言われていた台湾映画《流麻溝十五號》を先週、ようやく観終えた。同作について感想と共に紹介しておきたい。

まず本作は、1953年、主に政治犯思想犯とされた人が収容された緑島を舞台に、女性たちの収容生活を描く作品。10月の試写がスタートしたあと、Facebookのタイムラインには鑑賞報告の投稿が続き、注目の高さと関係者の気迫を感じた。そしてその気迫は、映画を観終わる瞬間まで感じることになる。

理由はエンドロールだ。今年7月27日〜9月9日まで海外への宣伝費用などの目的でクラウドファンディングが行われた。期間わずか1か月半で5,738人が参加、1,216万9,438元(約5,500万円)が集まった。提示されたリターンとして、参加者の名前が刻まれたのだ。またリターンは特になく「理念の支持」で参加した人が1,326人いたのも、特筆すべきことだろう。

ストーリーの元になったのは、緑島収容者のオーラルヒストリーをまとめた曹欽榮著《流麻溝十五號》という書籍である。白色テロの時代の史実を残したいと関係者が長年の尽力がまとめられた1冊だ。映画の総指揮は『花様 たゆたう想い』の周美玲監督。《茶金》主演の連俞涵らが出演して、錚々たる布陣で進められている。

昨秋の撮影場所となったのは、現在では「国家人権博物館 白色テロ緑島記念園区」として運営されている場所。つまりは、現場そのものである。70年前に、思想の再教育を求められたその場所で、同様の演技をする気分はどうだったのだろうか。

時の為政者や政府が何をしてきたのか、台湾で言われる移行期正義(轉型正義)は何を意味しているのか——実在の受難者への聞き取りをもとにした作品だけに、いろいろ考えさせられることが多かった。

観終わってまず思ったことは、台湾で体験を語り継ぐまでにかかった時間のことだった。今回の映画化は2022年、原作の初版刊行は2012年。同書とは別に『青島東路三號』という男性受難者のオーラルヒストリーの書籍があり、2冊はいわば対になる。

大学院に通っていた頃、同時代のオーラルヒストリーを手がけてこられた先生の授業を受けていたこともあって、授業中に聞いていた話が目の前に現れたようだった。映像には終始、胸に迫るものがあり、目頭は熱くなるし、胸は苦しくなるし、観終わるまでなかなかしんどい。

一方で、これまで台湾で暮らしてきて、時折、「白色テロの頃の出来事は話したがらない」と耳にしたことがある。心が押しつぶされた出来事を人々が語り、映画という媒介を得るまでに70年かかったわけだ。ふと、第二次大戦の頃の話をしなかった祖父母のことを思った。

映画館を出て、街をゆく人たちの笑顔にホッとしている自分がいた。作品が描いた時代から抜け出そうと、多くの人が積み重ねた努力のうえに今がある。そしてまた、そんな時間を経てきた台湾にわたしも暮らしている。民主主義の尊さを、また改めて台湾に教えられ、学んだ思いがした。

ところで、子どもや家族を盾に偽の証言や、思想の変更を迫られる姿に、果たしてわたしは持ち堪えられるだろうか……まるで自信がない。人としての尊厳を守ることの難しさもまた、教わった気がする。

ちなみに11月17日現在で、年間ランキングでは25位となっている(リンク)。1位は「トップガン マーヴェリック」で、「劇場版 呪術廻戦」などが上位に入っていることを考えると、社会的な重いテーマにもかかわらず、かなり健闘していると言っていいのではないだろうか。

さて日本では、今年7月に発売された『台湾の少年』全4巻(游珮芸・周見信著、倉本知明訳、岩波書店)で本作と同時代のことが一歩踏み込む形で届けられるようになった。それでもまだまだ足りない、と思う。「親日」という言葉だけで片付けられない歴史が、人々の暮らしが、台湾にはまだたくさんある。わたし自身、まだまだ知らないことだらけだ。そして、台湾の近現代を知ることは、日本の近現代を知ることでもある。「台湾ってこうだよね」と表面的な理解に回収されないためにも、本作が日本に届けられるよう心から願う。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15