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台湾ひとり研究室:取材メモ「星野リゾートの会見で感じた訪日インバウンド布石の重要さ。」

 2023年6月28日、星野リゾートによるプレス発表が台湾で開かれました。場所は台北市内中心地にある三創生活園区。会場には、台湾のプレス関係者、旅行業者など約100人が集まり、活発なやりとりが交わされました。コロナ明け、星野リゾートの発表に訪日インバウンドに向けた布石のあり方について考えさせられました。

4年ぶりに開催されたプレス発表

「コロナ前は毎年開催していたんですが、今回、4年ぶりなんです」

こんなふうに再開の喜びを語ってくれたのは、星野リゾートグローバルマーケティングユニットディレクターの佐藤亜沙子さんだ。聞けば、コロナ前まで、毎年、プレス発表を行っていたという。

ようやく合点がいった。というのも、星野リゾートは台湾で圧倒的な認知を誇る。海外利用者数の中でも、台湾はトップ顧客なのだそう。在台10年になる筆者自身、2019年の台湾での開業直後、旅行業とは関係のない台湾人家族や知人など、台湾での開業を知っていることに驚かされた。なるほど、現地の記者と丁寧に連携し、回を重ねて関係を築いた、その丁寧なコミュニケーションあってこその高い認知度だと感じた。

開業直後には雑誌の台湾特集で早速紹介した話を在台のライター仲間から聞いて「行ったんですね!」「わあ、うらやましい!」などと話していたのが4年前のことだ。その時の記事には、台湾初となる星野リゾートの進出と「星のやグーグァン」の施設の心地よさが紹介されていた。

だが、その晴れやかな開業から一転、コロナが世界を襲った。

14%から275%へとV字回復

移動ができなくなった世界で、どうやって移動を前提とした事業体を運営していくのだろう——勝手にヤキモキしていたら、Newspicksで星野佳路代表が台湾の施設は悪くない状況、と答えていて、(え??どういうこと!?)と大いに驚いた。

その理由を知りたくなった私は企画書を書き、現地取材に伺って、2020年7月に「観光業"復活"のヒントは「台湾星のや」にあった——コロナ下で叩き出した驚異の稼働率7割超え」として寄稿した。記事では台湾に新しくできた星のやグーグァンの稼働率の高さを紹介したわけだが、当時、日本にある施設は少し事情が違ったようだ。

 2019/10 → 2022/10 14%

(会見スライドより作成)

上は、今回の会見で発表された数字で、コロナ前後における台湾ユーザーの利用率を比較したもの。ここから、訪日インバウンド事業は改めて非常に厳しい状況だったことが見て取れる。それでは観光が再開され、台湾ユーザーがどうなったのか。

 2019/05 → 2023/05 275% 

(会見スライドより作成)

これぞV回復、と印象づける数字である。同時に、新たな施設や施策の紹介が行われた。

リゾナーレトマムが台湾人気ランク1位な理由

「星野っていうと、あの北海道のタワーのホテルだよね?」

星のやグーグァン開業当時、台湾人から言われて「え、北海道にもあるの?」と聞き返した。私が台湾に来る前、2006年のNHKドキュメンタリー「プロフェッショナル仕事の流儀」(ちなみに記念すべき第1回!)で衝撃を受けて以来、長野や山梨の印象のままだったことに気づかされたのである。

この日の会見では、「よく聞かれる質問」ということで、台湾人には星野リゾート全体でどの施設が人気なのか、ランキングで紹介された。

 1 リゾナーレトマム
 2 奥入瀬渓流ホテル
 3 OMO5東京大塚
 4 磐梯山温泉ホテル
 5 青森屋
 6 OMO7大阪
 7 星のや軽井沢
 8 OMO3東京赤坂
 9 星のや富士
 10 OMO7旭川

(会見スライドより作成)

なぜトマムなのか聞いてみたところ、星野リゾート全体での台湾向けPRより前、トマムのスタッフの方が台湾での旅行フェアに参加していたことを教えてくれた。全体でプレス発表を行うようになったのはそのあと。会見に参加していた台湾のプレス関係者は「だから北海道でスキーという印象が強かったんです。他エリアでもスキーができることを知りませんでした」と言う。比較的北部の施設が人気なのは、ほぼ雪の降らない台湾で「雪を見てみたい」「スキーをしてみたい」といったニーズにもマッチしたのだろう。

今回、会場に設けられた北海道、東北エリアの紹介ブースには、会見終了後、どっと人が押し寄せた。ちなみに冒頭の写真は、台湾人への人気1位のトマムにある「Cloud Bar(クラウドバー)」のもの(提供:星野リゾート)。雲海の様子を見ていると、人気なのも大きくうなずける。

拡充に欠かせない中国語人材

あわせて行われたのが、人材募集だった。応募条件から初任給、2年目の給与まで具体的に示しつつ、星野リゾートがほしい人材像や、入社後の育成スキームも含めて発表された。

会見で説明する田川さん(撮影筆者)

「日本語能力試験N2レベルの方、ぜひお願いします」

発表を担当したのが2020年当時、星のやグーグァン総支配人として取材を受けてくださった田川直樹さんだ。田川さんは昨年、総支配人を福井ゆう子さんに移行して台湾を離れ、本社でブランド全体の運営に携わっている。

コロナ前比台湾人顧客率275%の伸びで欠かせないのは、やはり中国語で対応できる人材である。これは星野リゾートだけの問題ではなく、今後、日本の訪日インバウンド産業全体に通じる話でもある。

台湾だけではない。今後予想される中国旅行客などへの対応を考える際、中国語人材の獲得は、必須の施策だろう。星野リゾートが見せたのは、認知度の高さ、現地での募集活動など、高いアドバンテージがある点だと受け止めた。

ステークホルダーツーリズムの構築に向けて

星野リゾートでは「星のや」「界」「リゾナーレ」に加えて、近年「OMO」「BEB」といった星野リゾートの中ではややリーズナブルな価格帯のブランドが誕生している。さまざまなブランドを展開していくなかで、ホテルは「泊まる場所」から「滞在を楽しむ場所」に変容を遂げようとしている。

この日の会場でも、「界加賀」では金継ぎ工房、「界箱根」では寄せ木細工といったその土地の伝統工芸に触れる場所を施設内に設け、アクティビティの充実を図っていることが紹介された。

金継ぎ工房の研修風景(写真提供:星野リゾート)

この背景には、世界の旅行業界が単に数字の上昇のみを求める状態から、コロナを経た「ステークホルダーツーリズム」の志向がある。

ステークホルダーツーリズムとは、旅行者、観光事業者、地域の方々・環境にとって、観光からフェアリターンを感じられる観光の姿である。たとえば、場所を移動して景色を見たらハイ終わり、といった表面的な旅ではなく、滞在期間中、サステナブルな取り組みに理解を示し、滞在そのものを十分に満喫する新しい旅の形である。

誰でも来ればいいわけではない。中には、残念ながら「こんな人は来てくれなくていい」という人だっている。日本を、台湾を大事にしてくれる客を掘り起こし、良質な客と良好な関係を築いていきたい。そのためには、宿泊先だけが四苦八苦するのではなく、関係する民間団体や省庁、地域業者といったステークホルダーの協業が求められる。

詳細は星野代表がPIVOTで語った動画を参照していただくとして、台湾にある星のやグーグァンにも関連する施策をご紹介しておこう。それが「3泊以上、3割引」というキャンペーンである。新しい旅の形のひとつとして、連泊を推し進めている。自然豊かなエリアで、地元の人たちと連携するアクティビティも始まったという。

台湾から日本旅行をめざす人はまだ多い。ますます円安の進む日本経済にとって、訪日インバウンド事業はコロナ明け、とても大きなカンフル剤のように映るかもしれない。だが、訪日客は黙っていてやってくるわけではない。現地でどんな客に来てほしいと思っているのか、しっかりとしたアピールが必要だ。それでなくとも、欧米はもとより、韓国やタイ、ベトナムといったアジアの他地域との観光客合戦は激化することが予想される。それは台湾とて同じだろう。

どんな旅をデザインし、どんな客に来てほしいのか、受け入れ体制をどうするのか——長期的な事業計画とその布石の大切さを、大いに教わった星野リゾートの会見だった。

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田中美帆|『高雄港の娘』春秋社アジア文芸ライブラリー
勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15