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台湾ひとり研究室:取材メモ「星のやグーグァンで触れる台湾タイヤル族の今。」

 「秋のプランを体験にいらっしゃいませんか」そんな声に誘われ、3度めの星のやグーグァンへ向かいました。
 星野リゾートが台湾で「星のやグーグァン」をオープンさせたのは、世界がまだCOVID-19を知らない2019年6月のこと。コロナ禍で台湾の観光業や宿泊業が大打撃を受ける中、星のやグーグァンはしっかりとした対策を実施し、稼働率は7~8割、予約率は9割という異彩を放っていました(記事はこちら)。2023年の年明けには、新たにできた体験プランに参加し、ようやく世界に旅が戻ってきたことを実感しました(記事はこちら)。
 そして今回、「台湾の歴史に興味をもつ田中さんにぜひ」と新たなプランにご招待いただいたのです。

星のやグーグァンのある場所

高鐡台中駅から星のやグーグァンに向かう道のりで、これまでの訪問で見逃していたことに気づきました。それは、これまで星のやグーグァン自体への興味が中心だったのに対し、星のやグーグァンを取り巻くエリアに目が向きました。

グーグァンは星のやのある場所の地名で、中国語で「谷關」と書きます。台湾を縦に走る中央山脈と雪山山脈の間を流れる「大甲溪」の中間あたりに位置します。東には地球の作り出したアートが見られる太魯閣タロコ国家公園、西には海の神・媽祖の巡礼で知られる大甲があります。大甲に向かって流れる川を、上流に向かって遡ったところにあるのが谷關です。

左から大甲→星のやグーグァン→太魯閣国家公園

(あ、そうか、川沿いに上がっていくんだな)
(そういえば周囲は山ばっかりだな)
(ドラコンフルーツの畑か。こっちの袋がかけてあるのはなんだろう)

少しずつ標高を上がっていく車の中で、そんなことを思いながら約1時間半で目的地の星のやグーグァンに到着しました。通された部屋の窓からは、さっきまで隣に見えていた大甲溪を下に眺めることができました。それが冒頭のサムネイルの写真です。

到着して館内の説明を受けた後、早速「タイヤル族の藤編みを体験プログラム」が始まりました。作るのはコースター。講師である藍恵珍さんにいわれるがまま、太めの藤蔓を織り込んでいきます。

笑顔がとってもチャーミングな藍恵珍さん(撮影筆者)
藤蔓はかなり硬く藍さんも「長時間やってると疲れる」と笑う(撮影筆者)

台湾タイヤル族の藍さんと星のやのコラボ

今回、体験プログラムの講師を務める藍さんにお時間を頂戴し、ゆっくりお話を伺わせていただきました。

星のやグーグァンのある台中市和平区で生まれ育った藍さん。同じエリアではあるけれど、実は山一つ越えた場所から週に3回、車で30分かけて通ってきているそう。

「子どもの頃から織り物に興味がありました。若い頃、都会に出て働いていましたが、1999年に起きた921大地震で地元に戻ることを決意して、ずっとやってみたいと思っていた織り物を学び始めました」

今や、部落のイベントや結婚式に出演する若者たちの衣装を提供する立場となり、各地から招かれて、織り物の指導に飛び回っています。その指導の際に持参するのが、卓上の織り機です。

「昔は床に座って織っていましたが、ニュージーランドのマオリ族が使っている卓上の織り機を輸入してぐっと手軽に体験できるようになりました」

2020年から星のやグーグァンとの縁を得て、体験教室の講師を務めています。

台湾先住民の中のタイヤル族

そもそも台湾は多民族多文化社会です。台湾には政府認定の台湾先住民が16部族あります。そこに漢族が渡ったのは明朝時代あたりから。その後、日本人、さらに東南アジアからの移民も加わり、多様なエスニックグループが暮らしています。

人口2,300万人のうち先住民の人口は58.9万人。全人口の2%にあたります。

出典:内政部統計「113年第6週內政統計通報_原住民」

上位からアミ族、パイワン族、タイヤル族、ブヌン族、タロコ族……という順で、藍さんはこのうち「泰雅族」、タイヤル族で人数にして9万5,551人になるそう。

「タイヤル族は、北は宜蘭、桃園、新竹のあたり多いのですが、台中の和平区はタイヤル族のいる最南端になりますね。台湾の先住民は、基本的に男性が狩り、女性は織り物を下の世代に伝えていく風習がありました。柄は、部族によって異なります。タイヤルでは赤、黒、白の3色が基本の色で、母親から娘に伝えていく技術だったんです」

家紋のように、家によってオリジナルの柄があり、それは他人には教えない不文律がありました。そのため、藍さんがタイヤル族の伝統である織り物を学ぶ過程は、決して楽なものではありませんでした。

「ものすごく大きな布を織っていた人に教えてほしいと言っても、なかなか教えてもらえなかったんです」

次第に世の中が変わり、子どもたちが織り物を習わなくなっていく。藍さんは地元に戻ってから20年以上、お年寄りたちから教わった柄を図面に落とし、記録を重ね、次の世代へ伝えられる状態を保持する努力を続けてきたひとりだったのです。そんな話を伺っていたら、コースターだけではなく織り物の体験プログラムに俄然興味が湧いてきました。

「明日は体験教室の日ですよ」と言われ、同行した夫と参加することを決めました。

隙あらば入った美肌の湯。山を眺めながら湯に浸かる至福のひと時(撮影筆者)
今年7月に来台した料理長の川西和人さんは着任以来、塩と醤油の間で調整を重ねているそう。塩加減、絶妙でした(撮影筆者)

星のやの定番となった織り物体験

実は2020年に初めて星のやグーグァンを取材した際、「地元の人たちとコラボしたい」という目標は伺っていました。すでに体験教室を開いて数年経つというのですから、もはや定着したプログラムになっています。

私たちの他に、三世代で参加したご家族と一緒に、藍さんからスマホホルダーを習いました。

「事前に糸はかけてあります。好きな柄を選んでください」

柄にはひとつずつ意味があります。伝統的な3色以外にもさまざまな色を使うようになったのは、伝統を広く伝えていく工夫のひとつ。

そして選んだ柄を織っていくべく、38本の縦糸の間を、右へ左へと横糸を通していくのですが、単純なようで慣れるまでは四苦八苦!

ニュージーランドから輸入した卓上の織り機。小型なのがいい(撮影筆者)

「皆さんが今、織っているのは38本だけど、大きな布になると、縦糸が700本になるんですよ」

聞いているだけで気が遠くなりました。技術ってやはり一朝一夕にはいかないものなんだと痛感した瞬間でした。

居ながらにして台湾の一面を学ぶ旅

現在、星のやグーグァンにはタイヤル族出身のスタッフが複数いらっしゃるそうです。コースターを作った後、館内の庭にある植物について教わったり、翌朝には、星のや周辺の歴史散策として、エリアガイドをしていただきました。

こうして、最初に伺った2020年にはどこか「日系のホテル」という気持ちでいたのですが、3度目となる今回は、さまざまなプログラムを通じて台湾現地の文化や歴史に触れることができて、すっかりイメージが変わりました。なにしろ、しっかりとローカライズされた取り組みはとても充実していて、学ぶことが多かったのです。

今回、私が体験したプログラム「秋蘊泰雅(意訳:秋のタイヤルを拾い集めて)」は12月5日まで。台湾の奥深さをゆっくり味わいつつ、新たな一面をお楽しみください。

星のやグーグァン全景(撮影筆者)

👇星のやグーグァンの公式サイト


勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15