感謝のハットトリック

年末にいつも思い出す記憶がある。

子どもの頃は年末年始に家から車で15分くらいのところにある母方の祖母の家に親戚が集まるのが恒例で、名古屋に住んでいるいとこと会えるのはその時くらいだったので毎年楽しみにしていた。

いとこは姉弟、うちは兄妹。私は一番末っ子だ。よく4人でゲームをしては負けて泣いていた。
お正月が終わっていとこたちが帰る時もいつも泣いた。

ある年末、紅白歌合戦を見ていると堀内孝雄が出てきた。
それを見て誰かが言った。
「ベーヤンが最後に『サンキュー』『ありがとう』『ありがとうございました』のどれを言うか賭けよう」
堀内孝雄と言えば「サンキュー!」。最近だとパンサー尾形かもしれないけど、当時「サンキュー!」は堀内孝雄のものだった。

ベーヤンらしく「サンキュー!」なのか、ノーマル&フランクに「ありがとう」なのか、はたまたベテランの落ち着いた「ありがとうございました」で締めるのか。なるほどこれは難しい。

いいね、とみんな乗った。
賭けると言っても便宜上そう言っているだけで、子どもなのでもちろん金品のやり取りはない。31日だからお年玉もまだもらってないし。

各々どれかに賭けたのだけど、実は誰がどれに賭けたのかはおろか、自分がどれに賭けたのかさえ覚えていない。でもこれ、覚えていなくても仕方ないのだ。

そうこうしている間に堀内孝雄は歌い終わろうとしていた。4人で固唾を飲んで見守る。

最後のサビを歌い切ったベーヤンが上がりきったテンションのまま「サンキュー!」と叫ぶ。
「サンキューや!」
4人で笑っていると、さほど間を開けずに軽やかな「ありがとう!」が聞こえた。
「ありがとうも言った!」
私たちは手を叩いて喜んだ。

ここまでくると、これはもしかしたらもしかするぞ、という気持ちになる。
あるか、ハットトリック。

しかしそのあとのベーヤンはニコニコしながら客席を見渡しているだけで、アウトロは無情にも終わりを迎えようとしていた。
さすがにないか、と思いかけたその時、最後の音が鳴り響く中でベーヤンはマイクを外して静かに「ありがとうございました」と言った。いや、マイクを外していたから声は聞こえない。でも口の動きが確実に「ありがとうございました」と言っていた。
もちろん私たちは大盛り上がり。「全部ゆった!全部ゆった!」と、こたつのテーブルに突っ伏して笑いころげた。。

そう、誰がどれに賭けたか覚えていないのは、全員当たったからだ。

兄やいとこ達がこのことを覚えているかどうかは知らない。でも私はこの記憶がなんかすごく好きなのである。
くだらない出来事だけど、宝箱の隅の方にそっとしまっておきたい。


調べてみたところ、今年の紅白歌合戦に堀内孝雄は出ないらしい。でもどこかのステージでまた感謝のハットトリックを決めているかもしれない。
私も堀内孝雄に感謝を述べたい。
私に面白い記憶をありがとう。サンキュー。ありがとうございました。

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