ぜんぜん羨ましくない
「あの感動をまっさらな状態でこれから味わえるなんて、羨ましい〜」
漫画なり、映画なり、本や音楽でもいい。自分がおもしろいと思う作品を会話相手がまだ体験していなくて、そんな時に発するフレーズ。
おそらく僕も何度か口にしたことがあったフレーズ。
実は少しだけもやっとしたものを感じながらも、でもまあ、この人はこれからあの感動を初めて体験できるのだからそれは素晴らしいことに間違いはないと考えるようにしていた。
が、それは間違ってた。
本当は羨ましいなんて思ってなかったということに気づいた。
「風の谷のナウシカ」を劇場で観て漫画を読んで、そう思った。
今、過去のジブリ作品がいくつか劇場で公開されているのだ。
今こうして劇場でやってくれるのは実にありがたい。
トーホーシネマに感謝しまくりながら、TVやDVDで何十回も観たナウシカを劇場で初体験した。
TVサイズでは見落としてた細かい演出とか、空中戦の迫力とか、巨神兵のデカさとか。これはスクリーンサイズでないと伝わらない。そしてナウシカの強さや優しさもスクリーンサイズだとより伝わる。
劇場を出て、感動をはんすうしていたら、漫画も読み直さなきゃという気持ちが俄然高まってきた。
全7巻。4〜5年ごとにたまーに読み返す。読み終わるとドッと疲れるのであまり頻繁には読むことができない。
読むたびに新しい発見があるし、新しいメッセージを受け取る。初めて読んだ時には気づくことのできなかったテーマや登場人物の感情に気づくことができる。
今回も気づきと感動が大いにあった。
ストーリーを追っているだけでは絶対に見えてこないものがある。毎度のことながら、「今、読むべき漫画だ!」と思う。マジでオレの心が大海嘯。
まだ消化しきれていない部分もたくさんあるから、次回読み直すのをすでに楽しみにしている。何年後になるのかわからないが。
ああ、オレってナウシカが本当に好きなんだなーと思う。
と、そこで冒頭のフレーズについて考えた。
「あの感動をまっさらな状態でこれから味わえるなんて、羨ましい〜」だ。
例えば、ナウシカ未読の人が目の前にいたとして、その時に「羨ましい〜」と思うだろうか?
否!(ナウシカのクライマックスの名ゼリフである)
羨ましいとは微塵も思わない。
それは、ナウシカが「初見」こそに意味があるものではないからだ。
初見ではわからないことがたくさんある。ありつつも時間をおいて少し寝かせてからまた読む(観る)。
で、少し理解が深まったり気づいたりしつつ、またしばらく寝かせてから読む(観る)。
それを繰り返すことで僕の中のナウシカが育っていっているわけなので、ゼロになってしまうことを羨ましいと思うはずがない。
知らないことを恥じる必要はないが、かと言ってそれを羨ましがられることもないのだ。
おしまい