Don't be quiet
「ごめん、チャンネル変えてもいい?」
餃子を頬張った兄が、こちらに見向きもせず、無言でリモコンを渡してきた。ありがと、とお礼を言いながら、すぐさまチャンネルを換える。テレビの下の録画ボタンはちゃんと光っている。よしよし。
ゴチニナリマスのポーズでナイナイや高杉真宙が一礼をする。田中圭はまだいない。ギリギリ間に合ったようだ。みんなが嫌がらない程度に音量を上げる。
「ゴチそんなに好きだったっけ?」
餃子で口をモゴモゴさせながら兄がテレビに視線をやる。
「圭くんが出るから」
「けいくん?」
「田中圭」
あぁ、と頷きながら次の餃子に箸を伸ばす。もうスポーツなんてしていないだろうに、そんなに食べて太らないんだろうか。
「最近好きみたいよ」
「ジャニーズのなんとか君はもう終わったの?」
「ニノ?終わったっていうか、テレビあんまり出なくなっちゃったから。YouTubeやってるよ、今」
「嵐解散したもんな〜」
ああ、久しぶりにこの学ラン姿を見た。もうクビになって一年半か。変わらずに可愛い。白がよく似合ってる。
ゴチに出演してた期間は、毎週木曜が楽しみで、ゴチをやらないスペシャル版の日や、番組自体がお休みの日は、何を楽しみに1週間過ごせばいいんだと嘆いていた。クビになったのは、晴天の霹靂。その前の回でピタリ賞を出したから、絶対にないと思っていた。びっくりし過ぎて、直後はどんな感情でいればいいのかよくわからなかった。
その後、MUSIC BLOODが始まったが、MCを務める彼は、聞き手に回ることが多く、「面白い田中圭」「いじられる田中圭」はなかなか見られない。
だから今回の「ぐるナイお盆同窓会ゴチ」を、それはそれは楽しみにしていた。
お兄ちゃんが帰ってくるから餃子にするよ、と母が高らかに宣言した時、19時に食卓に着くためには、手伝うしかないと、自ら手伝いを申し出た。その甲斐あって、なんとか餃子100個がテーブルの上に鎮座し、母も上機嫌で食卓を囲んでいるのである。
「田中圭って結構おじさんじゃない?」
「そんなこと言ったらニノだって結構おじさんだよ」
「紗枝は年上好きなの?」
母は餃子に手をつけず、ビールばかり飲んでいる。
「そんなことないでしょ。彼氏同級生だよな?」
「今は一つ上かな」
「あれ?別れたの?こうき君。」
「こうき君は、前の前だよ。今の彼氏は、大志君。」
「お前、モテんのか・・・」
「お兄ちゃんだって今何人目?」
「俺も3人目だけど、お前は高一だろ。スパン早すぎねえ?」
「そーかなー」
兄は大学に行くようになってから、髪を明るく染めるようになった。別に高校だって染めても怒られない学校だったらしいけど、当時の彼女さんが黒髪が好きだからって染めなかったらしい。
今度の彼女は茶髪OKということか。
「次の焼くか?」
「焼く焼く」
普段台所に立たない父は、中華料理の時だけは率先して料理する。学生時代、中華料理屋でバイトしていて、一時期は料理人を志すことも考えたらしい。
なので今日の餃子もタネは父が作り、母と私と父の3人で包んだ。父の包み方は独特だからすぐに分かる。絶対に破けないし、ちょっとふっくらしていて、とっても美味しい。
「家の餃子が一番うまい」
父に聞こえるか聞こえないかわからない、小さな声で称賛する兄。もちろん父は聞き逃さない。嬉しそうにフライパンに油を敷いている。
どうやら圭くんの出番は先らしい。19時に間に合わせることに必死で気がつけば、何も飲んでいなかった。冷蔵庫に立ち、「酔わない梅ッシュ」を取り出す。
「焼きながら2本目いく?」
ビールを差し出すと、父はまた嬉しそうにサンキュ、と受け取る。
「紗枝は年上が好きなのか?」
「違うってば。ニノも圭くんも、トーク力があるから好きなの」
「そんなの芸人のほうがあるだろ」
「前提イケメンじゃないと」
トーク力を意識しだしたのは最近だ。
少し前のドラマで、夜勤専門で働く医師のドラマがあった。圭くんは寡黙でクールな先輩医師の役で、もちろんめちゃくちゃかっこよかった。でも何かが足りない。しかも、圧倒的に。バイトの時間とかぶっていたので、毎回録画を追いかけていたのだが、途中から寝てしまうことが多かった。母にも「なんでつまらないのに録画してるの?」と言われてしまった。その後、「そしてバトンは渡された
」という映画への出演が発表され、映画公開直前には、定番の番宣祭りが派手に行われた。そこではた、と気づいたのだ。映画そのものには1ミリも興味がないくせに、番宣でいろんな番組に出ている圭くんの映像を何度も何度も繰り返し見ている自分に。自分はバラエティーに出ている圭くんが好きなのだ。本業の俳優業に興味がないとまでは言わないが、自分に縁遠い話しや役どころには、タナカーなのに、さほど興味が持てない。
思えばニノも、「vs嵐」だとか「ニノさん」が好きで、「Mステで歌うニノ」には興味が薄かった。ライブも当選すれば喜び勇んで挑んだが、好きなのは「トークコーナー」だったような気がする。
そうか、イケメンが楽しくおしゃべりするのが好きなのか。
それを自覚してから、たまたまつきあおう、と声をかけてくれた男の子が、大志くんだった。いわゆるムードメーカーで、顔はタイプではなかったが、きっと好きになれるだろうと、つきあってみたのだ。
「今度の彼氏は、トーク力あるのか」
「うーん・・・。」
そう言われると困ってしまう。
大志くんはトーク力は、ない。もともとの気質のおおらかさで、何を言っても楽しくいじらせてくれる「いじられ役」として、仲間内でブレイクしているだけで、2人っきりの時はむしろ受け手でこっちが気を使う。
圭くんだって「いじられ役」なのに、何が違うのだろう。
「正直、まだそんなに好きじゃないのかも」
あんまり父に聞かせていい話しではない気がして、つい声が小さくなる。
「そうか。嫌なことは、はっきり嫌って言えよ。」
ほら、少し心配をしている。大志くんはそういうタイプじゃないけど、ありがとう、気をつけるね、の気持ちを込めて、愛想笑いをすると、父は少し困った顔をしてビールを一口飲んだ。
「紗枝、お母さんにもビールとって」
「はいはい」
「俺も」
「お兄ちゃんまだ19でしょ」
「2ヶ月なんて誤差だろ」
「そんなこと言ったらどこからどこまで誤差かわかんないじゃん」
「誤差ってゆーのはね、そんな数字的な話しじゃないのよ、紗枝ちゃん」
「キモぉ」
「え?キモかった?もっと言っていいよ?」
ポンポンとすすむこの軽やかさ。
この居心地の良さ。
ああ、兄が帰ってきたのだ。
兄の、隙あらばふざける、みたいな性格は食卓を明るくしていると思う。私とお母さんとお父さんでは、つくれない空気。
ちゃんと一体感。
頑張った一体感じゃなくて、自然にひとつになったかんじ。
一人暮らしを始めると聞いた時は、女の子でも連れ込みたいのかなーなんて勝手に想像して、勝手に萎えたりしてた。
明るく染めた兄の髪が、家にいた頃に付き合っていた人とは、違う女の人とつきあっていることを物語る。
知らない兄がいるのかもしれない。
彼女に入れ込むタイプだと思う。
今回の彼女は茶髪好きなんだろう。もしかしたら年上なのかもしれない。もうスカートの丈なんかでクラスのヒエラルキーが決まらない、大人の世界の、大人のひと。
兄は、彼女の前ではどんなふうに振る舞うのだろうか。
軽口をポンポン叩いて、彼女を笑わせたり、突っ込まれたりしてるんだろうか。
大志くんのように、2人きりになると黙ってしまうのだろうか。
いや、兄に限ってそれは、ない。
そして、兄が私に対して寡黙になることなんて一生ない。
軽口で隣の人に絡み、隙あらばふざけ、場を和ませ、でも本当の気持ちは見せてくれない。
そんなのしょうがない。
だって私は妹だし。
だって兄は、私の兄だから。
濃いグリーンのスクラブを着た圭くんが、黙ってこちらを見ている。何も言葉を発する気がない、静かな目。
そんな目をした圭くんが見たいんじゃない。
笑ってて、明るくて、いじられてて、
本音は隠したままでもいい。それでもいいから、あの明るい圭くんが見たいんだ。明るい圭くんだけが見たいんだ。
だって、明日の夜には、兄は東京に帰ってしまう。
ビールに口をつけた兄は、ぼーっとテレビを見ている。
早く何かしゃべってくれよ。くだらない話しでいいから。むしろくだらなければ、くだらないほど、いい。
どうせ私だって、本音なんか言えないんだから。
#田中圭
#私小説のような小説
#タナカー
#ゴチになります
お写真は湯屋さんからお借りしました。ありがとうございます。