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演出家の灰皿は飛ぶのか飛ばないのか?
私の描いたインディー漫画「舞台は踏まないほうがいい」5話で、演出とはなんだろうと演劇部の学生が話すシーンが出てきます。「演出(direction)」には業界別にいろいろな呼称や役割があり、舞台演出を説明しようとすると大変です(そもそも私が正確に理解しているかは怪しいのだけど)。
演出を説明するのはこれからにして、舞台演出家の話をしましょう。細かく考えると高校演劇と舞台業界でも演出(演出家)の役割にはややズレが生じます。私が描いている漫画は高校を舞台にしていますが、これからnoteの記事に書くことは舞台業界の演出家のお話です。決して高校演劇の話しではないと強調させてください。
演出という物がよく分からないので舞台演出家に関する誤解もいろいろあるようです。
例えば……
・演出家は怒ることが仕事ではない
今回のテーマです。でも舞台演出家はなんかキレるってイメージあるよね。
(今の高校生がこのネタを知ってるのだろうか?)
「演出はキレるひとのことではない」とはいえ
作中で馬場というキャラクターが冗談半分に「演出(家)ってキレて灰皿を投げるらしい」という例を挙げています。
ある演出家が指導に熱が入りすぎたあまり役者に向かって灰皿を投げそれが当たったという有名なエピソードは、時を経ても「演劇界の演出家は恐ろしい」というイメージを抱かせます。その後別のキャラが「演出はキレるひとのことではない」とフォローを入れますが、本当にそれは正しいのかという疑問が湧いてきました。漫画のシーン的にはこの台詞は必要なんだけど、なんだか足りない……
確かに演出家全員が常にそんな怒り方をするかというとかなり大げさに感じます。該当の演出家も毎回毎回キレたからと言って物品を投げるということは無かったのではないでしょうか。知らんけど。では全員でもないし毎回ではないかといって演出家が恐ろしくないのかと言われると……ム、ムズカシイ……
いまどき手にした物を役者に投げるなんて怒り方をする演出家なんてごくごく少数でしょう。若い世代の演劇関係者にはパワハラは許さないという強い熱意を感じます。しかし温厚な人でもあまりに余裕がなくなると怒鳴ったりキレることはあるでしょうし「演出家は絶対に全員キレない」とは言えません。キレる人を指す言葉ではないけれど、キレない保証ができない。
また毎回じゃないにしろ出会う演出家の中にごくたまに役者に手を挙げたり、そこら辺の物を投げる気性の人がいれば「演出家は概ね安全だが、殴ったり灰皿が飛んでこないとは言い切れない」というまわりくどい言い回しになってしまいます。
灰皿をなげるタイプかどうか いつそれが判明するのか
おまけに演出家がキレたときに灰皿を飛ばすタイプかどうかは事前に分りません。それが分るのは劇団に入団した後、またはオーディションに受かりプロジェクトに参加した後、稽古を始めるまで判明しないのです。
稽古が始まると言うことは役を貰った役者にとって、もう逃げ場がないことを意味しています。役を降りられる人だったらいいかもしれないけど、そんなことなかなか役者にはできないんじゃないかなあ。
理屈としては暴力に対抗するために告発やボイコットすることが正しいのでしょうが、正しさのために信用と舞台に立つ機会を失うことは多くの役者にとって選択しがたいでしょう。
暴力とエンカウントする確率はそんなに変わらない…はずなのに
日常生活においてパワハラというのは誰もが少しづつ体験しているものです。家族関係や職場や学校など、共同体があれば力関係が発生し、みなが多かれ少なかれ立場の上下を行ったり来たりしているもので、演劇界特有のものではありません。暴力やいじめとエンカウントする確率はどの人間にだって生きているだけで一定あるのです。
しかし演劇界のハラスメントがやたら問題になるのはなぜでしょう。それは配役決定後、役者に降板・キャンセルという選択肢が事実上ないことです。一般的なコミニティであれば被害者側からの告発や辞職。婚姻関係だった場合は離婚の選択とか……とにかくイヤになったときになんらかのカウンター・ストッパーがかかるところが機能せず、我慢するだけ我慢をし続け問題が悪化します。
もし本当に嫌だったらそんな仕事途中で辞めるだろう?と普通は思います。俳優という自由な仕事で(時には仕事ですらないことで)役者本人の意思で選んでいる(ように見えるし自己責任のラインが難しい)ので複雑な条件を孕み問題は進行し悪化します。
役者へのハラスメントが告発される頃には誰が見ても「それはヤバいだろう」と感じるブラックな熟成状態が出来上がるので演劇界はブラックというイメージが多く持たれることになります。
「自分の代わりはいない」という自負と弱み
役者が選ばれて役に就けるということは唯一無二の才能を見込まれ、あなたの代わりはいないと期待されたということです。その機会を自ら捨てることは……なかなか出来ませんよね。ハラスメントが他業界より多いかはともかく、ハラスメント対策があっても機能しづらい業界だということは容易に想像がつきます。
役者と演出はポジションが違うだけで対等であり、上下だのどちらが偉いということはありません。しかし役者の弱みに演出家がつけ込むと上下関係が発生し、不健全に維持され役者にその関係性を覆すことは難しくなり長期間に渡る深刻なハラスメントになります。
演出家と役者の関係・優位性は多種多様であり、演出家を怒らせたと言って必ずしも役者が降板されるわけではありません。恐ろしい演出家のイメージがひとりあるきするとワンマンにも思えますが、演出家がそんな権限を持っていない場合や俳優ありきの公演だっていろいろなケースが存在します。
大きめのプロジェクトになると演出家の上に上層があり、演出家がいわゆる中間管理職的な役割になっていたりします。また小劇団だと演出が主宰・プロデューサーを兼任していたり一番の出資者だったりするのでそもそもその組織に演出家を罰するとか退場させるという考え方が存在しない場合もあり……。企業と似たような話ですね。
そんな時代は過ぎたといいたいものの未だに「愛があるのに役者を殴って何が悪いんだ」と公言する演出家はおり、少なくともともそいつはめちゃくちゃ極悪人です。間違いなくやばい。そんなひとがごく少数だけど、時々いるのです。
「演出家からいつも灰皿が飛んでくるわけじゃないけど、飛んでくるかどうかは役が決まらないと分からない」恐ろしいシュレーディンガーの灰皿。
漫画だと書き切れないので脚注をつけたくなったのでした。
インディー漫画「舞台は踏まないほうがいい」連載中です
[大事な命が惜しくないのか]5話公開されました。