【短編小説】 夜の敵
時計の針が1秒ずつ進むたび、私の寂しさも募る。
「チッチッチッチッ」という、昼間なら何も感じない音が夜だとなぜこんなにも大きく聞こえるのだろう。ソファに投げっぱなしにしていた鞄の中からスマホを取り出してLINEを開く。友だち一覧をざざっとスクロールしながら、今日、この気持ちをなかったことにしてくれる誰かを探す。
*
「夜にかけちゃう電話って、大抵後悔するよねえ」
白ワインをぐいっと飲みながら亜希は言う。
「かけるときはなんとも思わないの。でもかけたあと必ず後悔しちゃうんだよね。あー寂しさに負けたって。寂しさに負けるって一番悔しくない?」
忙しい期間を脱出したのか、塾講師をしている亜希は今日は饒舌だった。ほんのりと赤くなった顔で「すみません〜」と店員を呼ぶ。
寂しさの正体がなんなのか私には分からない。でも亜希の言う「負けた感」は痛いほど分かった。「また負けた」と、スマホを握りしめて寝てしまった朝に、カーテンから差し込む光に、何度も後悔をする。
飲み会の帰り道、なんとなくむしゃくしゃした日、冬の夜、幸せそうな人を見たとき。私はLINEをスクロールする手が止まらない。この得体のしれない、冷たくて青黒い感情を、温かみのある色に変えてくれる誰かを探してしまう。寂しさなんかに負けない人間になれると、いつかの私は思っていたはずなのに。なんでこうなっちゃたんだろう。
「寂しさに負けない方法って何かあるのかな?」
気心しれた友人に、さりげなく聞いてみる。スクロールしてしまう手を止めたくても止められない。
「うーん。ありきたりだけど、仕事頑張ったり、趣味を充実させたりじゃないかなあ。何か夢中になれることがあるといいと思う。身の回りが充実していたら、たとえ『寂しい』と思っても、自分で解消できるようになると思うから」
追加された白ワインを味わいながら「時間かかったけど、私もようやく夜中に元彼へ電話しなくなったもん〜」と笑った。
「寂しいと感じたらね、とりあえずお風呂を沸かすの。浴槽に熱々のお湯がいっぱいになったら入浴剤をいれて浸かる、んで早く寝る。やっぱりね、さっさと寝た方がいいのよ。『寂しい』って結局ほとんど夜にやってくるじゃん?奴らに勝つには、奴らが出現しない時間帯で生きるのよ」
「まじで奴ら手強いんだよなー。特に冬に夜とか最悪」と、姿形もない「寂しい」という感情に対して亜希は敵対心を剥き出しにしている。確かに先日も、寂しさに潰されそうになって適当な人と電話をして眠ったけれど、朝起きたら寂しいなんて思わなくなっていたっけ。夜って楽しいけれど人をダメにする時間なのかも。
「奴らに負けない大人になろうね」
酔っ払ってヘラヘラと笑っているはずなのに、妙にその言葉だけは先生に言われているように思えた。
*
ピコン、とLINEが鳴った瞬間、我に返る。
私はまた奴らに負けそうになっていたと、スクロールする手を止める。
トークボタンをタップすると、見覚えのある黄色のアイコンからメッセージが届いていた。いつだったか忘れたけれど、私が奴らに負けて何回か電話をしたことがある人だった。
<今電話してもいい?>
シンプルに書かれている文字を見て、ああ、きっとこの人も負けているんだろうなあと思った。大人なんて強くもなんともない。
ーー奴らに負けない大人になろうね
亜希の言葉が蘇ってきて心がキュッと痛くなる。あなたは知らないかもしれないけれど、私はずっと誰かを探しているんだよ。スクロールしている私、電話をかけている私、バカみたいだよね。でも止まらないのよ。
私は強い大人になれるのだろうか。寂しいと感じたときに、「じゃあ今日はこうしよう」と自分で自分をコントロールできる人間になれるのだろうか。
なりたい。
時計の針の音を恨めしく思いながら、スマホを思いっきりソファへ投げる。
お風呂場へ直行し蛇口をひねる。熱いお湯が勢いよく飛び出て浴槽に溜まっていく。
ドボドボという音を聞きながら、奴らが全部全部お湯に溶けて消えてしまえばいいと心から願った。
こちらは、第2回文芸課題"ぶんげぇむ" 参加の記事です。
◆お題:「黄色」「鞄」「さみしい」
◆執筆ルール:
・お題に沿った作品を作ってください。
・小説/エッセイ/詩 などの形式・ジャンルは問いません。
・3つのキーワードを作品に登場させてください。ただし、文字そのものを登場させる必要はありません。
最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪