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「この荷物5cm小さくなりますか」と言った、郵便局員さんとの数分間

「この横幅、もう5cm小さくできますかねえ?」

次に来る言葉は支払う金額だと思っていたため、一瞬理解ができずに反応が遅れた。

「へ?」

「包みのサイズです。このサイズになればね、ワンサイズ小さい料金になるんですよ。あともう少しなんでどうかなあと思いましてね」


郵便局での出来事である。

この日私は愛しの姪っ子ちゃんへ3歳のお誕生日プレゼントを贈ろうと、小包を抱えて郵便局へやってきた。

メインとなるプレンゼントのほかに、最近シールに絶賛ハマっているとの情報をキャッチしたので、私の使っていないシールもいくつか入れた小包。まあ、小包みといっても、良さげなダンボールがなく紙袋を二重にした簡易的な包装なんだけどね。

とくに気にせず包んでみたら、郵便局員さんいわく、もう少し袋を折りたためるのなら郵送料が一段下がるらしい。ゆうパックを使う場合、基本的な運賃は「縦・横・高さの合計」から算出される。

あ、今日はそこまで頭が回っていなかったな。

せっかく教えてもらったので「そうなんですね」と、包んでいる袋が5cm小さくなるかやってみる。幸い後ろにお客さんは並んでいなかったので、チャレンジしてみるものの……残念ながらクリアファイルに挟んだシールセットが邪魔をして5cmは小さくならない。ああ、あと少しだったのに。

「……あ〜無理みたいです。せっかく教えていただいたんですが、このままでお願いします」と私。「そうですか、かしこまりました。よかったら次回はぜひサイズにも注目してみてくださいね。お得になりますよ」と、穏やかな郵便局員さん。

数百円の違いだったと思うけれど、塵も積もれば山となる。これからはサイズのことももう少し意識してみよう。一つ勉強になった。

提示されたお会計の処理を待っている間に、軽やかな声が届く。

「ちなみに、同一あて先割引って知っています?」

「複数口の割引とは違うんでしたっけ……?」

やばい、私郵便局のシステムをあまりちゃんと知らない。郵便局の「ゆうパック」がお得になる制度は何個くらいあったんだっけ。持込割引くらいしか自信を持って答えられないぞ。

「1年以内に送った、今回と同じあて先のご依頼主控を持ってきていただけたら、割引になるんですよ」

あ、そうなの。全然知らなかった。実家にちょくちょく荷物を送るので、次回から活用しようと脳内でメモをする。ちなみに「複数口割引」は、基本料金で利用したゆうパックを、同じあて先に一度に2個以上送ると割引になる制度だそう。

「そうなんですね。恥ずかしながら全然知らなかったです」

「実は伝票の控えにも小さく記載されているんです。ほら。でも、こんなところ注目しないですよねえ。あははは」

郵便局員さんは朗らかに笑いながらレシートと伝票を私に返す。

「ほんとだ、書いてある!へ〜知らないことたくさんありますね。勉強になりました。ありがとうございました」

たった数分間のやりとりだったが、私の人生の1ページに「ゆうパックの割引」に関するデータが蓄積された。

「いえいえ。こういうのって、案外知らないですよねえ。誰も教えてくれないですし。こちらこそ話を聞いていただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」





自動ドアが開き外へ出る。

歩き出したときに、ふと「そういえばあんな郵便局員さん初めてだなあ」と思った。

いつもはテキパキと業務をこなす方が多い印象だった。駅前だしお客さんの数も多く、すぐに行列になるのでゆっくりと話す時間なんてない。丁寧かつスピーディーに場を回して対応してくれるサービスはありがたいものである。

あの郵便局員さんはいつも私が行くときにはいなかったはず。他店からの応援だろうか。まあ、異動もあるだろうしね。

ただ、あんな風に丁寧に色々と教えてくれる人と久しぶりに出会ったので新鮮だった。もちろん仕事として、サービスについて教えてくれたのだと思うけれど、こちらから聞かない限り芋づる式に何かを教えてくれる人ってなかなかいない気がする。

あの郵便局員さん以外に、無条件に何かを教えてくれる人に、私は近頃いつ出会っただろうか。


……出会ってなくない?

しかも、私も誰かに何かを教えてもいなくない?


それが時代だといわれれば「そうだよね」と答えるしかない。いい意味で“おせっかいな人”はどんどん少なくなっている世の中だ。

相手の時間を奪わないことが美学とされている現代で、聞かれてもいないことに対して何かを言うのはちょっと躊躇してしまう。私だってそう。大人になればなるほど口の中で転がす言葉が増えていく。

聞いてもいないのに教えてくれる人。
関連するようなプラスの情報を教えてくれる人。

「時代」という壁をするりと抜けて口を開いてくれる人は、これからもどんどん減っていくのだろうか。


でもきっと、あの郵便局員さんみたいに、芋づる式に何かを教えてくれる人、喋ってくれる人をどこかで待っている人のほうが多い気もしている。

だって私がそうだから。

郵便局の帰り道、久しぶりになんだか楽しかった。

フリーランスとして働き、かつこんな世の中になった今、人との会話が激減している。些細な会話を心待ちにしている自分がいる。話してくれる・教えてくれる・付け加えてくれるって、一種のおもてなしなんじゃないかと思うようにもなった。きっとみんな心のどこかで「話してほしい」と思っている。

これからは、私もちょっとした“何か”を言える人になれたら嬉しいな。

「最近買った中でこれが良かったのよね」とか「〇〇に悩んでいるってSNSで見たけど、こういう手段もあるよ」とか。

うーん、やはり文字にしてみると「おせっかい度が強いなあ……」と恐縮してしまうものの、プラスアルファで話してくれた人のおかげで、心が軽くなった経験があるからこそ、私も。

こんな時代だもん。おせっかいくらいがちょうどいいのかもしれないな。





ちなみにその日以来、あの郵便局員さんには出会えていない。

連日窓口にはたくさんのお客さんが並んでいる。

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田中青紗(たなか あさ)
最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪

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