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一番怖いのは人間
昨夜、寝る前に、Facebookの友達を整理した。
友達である必要がない人、この先関わることはない人、関わりたくない人など消していく。
途中、ひとりの名前で指が止まった。関わりたくないけど、リアルな友だちになりたくもないけど、たぶんどこかでまた会う人。かつ、こちらのアクションを見逃さないタイプ。しかも、効果的な場面、たとえば共通の知り合いがたくさんいる状況で「なんで友達から削除したんですか~、すごいショック~」な~んてことをわざとらしい甘え声で言いそう。で、周囲が「そうなの?」と私の顔に視線を移ったら、にやりとしながら私を見るような人。
ああ、そもそもはなんでこんな人と知り合ってしまったのか、というところへ戻ってしまうけれど、そこはもう変えようがないのであきらめる。
仕方ない、私は運もツキもない人間なのだ。
とりあえず、今は様子見しておこう。削除して面倒に巻き込まれたくない。そして、運もツキもない私は巻き込まれる危険がある。
そんな悶々とした状態で寝たからであろう、夢にその人が出てきた。しかも、かなりリアルな夢。
付きまとわれ、なんで自分を尊重してくれないのかと泣き顔もどきで迫られ、次の約束をさせられる。
現実も夢も、なぜその人を避けたいのかというと、私をとある人物への足がかりとして利用しようとしている気がするから。
とある人物は、おそらくその人がすり寄っても気にもとめないし、いいようにあしらって傷ひとつ負わないだろう。だけど、面倒を持ち込む役割は果たしたくない。
もうひとつ、欲しいものを得るために私を利用されたくない。
なぜだろう、人を利用する人と、人に利用される人がいる。父親や姉に便利に利用されてきた私は、利用されるのは嫌だけど、利用するのも嫌だ。なのに、平気で人を利用する人がけっこういる。
自分が幸せになるために、欲しいものを手に入れるために、自分最優先で行動するのはわかる。だけど、そのために人を踏み台にしていいわけじゃない。だって、踏み台として利用される人にも幸せになる権利はあるもの。
たとえば今回で言えば、別に私を利用してとある人物に取り入る必要はない。知り合いになりたければ、いくらだってツテはあるし、チャンスもある。
「あなたと知り合いになりたいです」
本人を目の前に、そう言えばいいだけ。
なのに私を介そうとするのは、簡単に近づいて信頼を得やすいからだろう。ただし、とある人物は賢いから、そう簡単に信頼しない。そこを知らないから、利用できるものを利用しようとするのだろう。
誰かと距離を縮めたいからと利用されることがよくある。ああ、私には人を見る目がないんだなぁと思う。一方で、そういう行動をとる人を信頼したり、受け入れたりする様子を見ると、そっちの人に対する見る目もなかったのだなぁと自分にがっかりする。
まあ、他人に期待する自分が悪いのだけど。それはそうだけど。
夢が現実となっても心配する必要はない。とある人物は自分で自分を守れる人。
だけど、利用された私の後味の悪さは、いつまでも尾を引くだろう。
その前に、縁を切り捨てたい。
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