見出し画像

手のひらの上で踊る

 本屋で店番中。インスタで毎月1冊でいいから書評を掲載して欲しいと、店番を名乗り出たときに店主より言いつかった。だが1月は未掲載、2月ももう半分がすぎるのに、本屋に置いてある本は1冊も読めていない。
 1月に読んだものの書かずにある本があり、それについて今日は書こうと考えていた。が、パソコンを触る気にならず、装丁がいい感じだなと思った本を手に取り、読み始めた。

「生きるように働く」 ナカムラケンタ著 ミシマ社 (中古)
自分の時間を生きていたい。
毎月10万人が閲覧する、求人サイト「日本仕事百貨」を運営する著者、初の著書。植物にとって、生きると働くが分かれていないように、私たちにもオンオフのない時間が流れている ― 著者自身、そして求人の取材で出会った人たちが、芽を出し、枝を伸ばして、一本の木になっていくまでの話。(帯より)

 おもしろい。引き込まれるように一気に半分近くまで読んだ。今月の書評はこれで決まり。
 2章の後半、東京にある小さなフレンチレストラン店主の話を読んで、「お惣菜屋さん、やろうか」と思った。決意というほど固いものではなく、だが「やれたらいいな」というぼんやりしたものでもない。
 どんなお店にしたいのか、どういうことを大切にしたいのか。言葉として頭に浮かんでくる。極めつけは「揚げ物は夕方何時に揚げるか張り紙をしておこう。お昼前も白身魚フライやハムカツを揚げよう」と具体的に思ったこと。もう開店準備を始めているかのようだ。と書きながら、「翌日のお弁当用に、小さいサイズの揚げ物も用意した方がいいな」と思った。

 いつものバーで何度か遭遇した人が、バーの下階にある間借りできるカフェで月に2回、日本酒の飲み比べイベントを開催していた。昨年、イベントに参加したり、バーで話したりしているうち、イベントでフードを担当しませんかと誘ってくれた。
 田舎フリーランス養成講座を受講したときの事業計画の柱が「お惣菜屋さん」だ。持ち帰りの惣菜が並ぶショーケースの店、もしくは顧客の家を回ってお惣菜をつくり置くサービスをしたいと考えた。
 しかしフード担当の誘われたとき、お惣菜屋さんは事業ではなく、ただの夢となっていた。それでも料理をしてお金をいただくことがうれしくて、1〜2か月に一度くらい出店していた。

 最初は楽しかったものの、3〜4回目になると自分の料理のレベルの低さに絶望。二度と出店しないと決めた。が、別な出店者がドタキャンし、主催者に頼まれて本当にこれが最後とおでんを作った。そのとき「食べる人を幸せにしたいと思っていたけれど、食べてもらうことで私が幸せになっていたんだ」ということに気づいた。
 おいしいものを出せるように勉強しながら、声がかからなくなるまで出店し続けよう。
 そう決めたものの、自分のお店を持つところまで腕を上げのは無理だろうなと思った。
 それが昨年12月のこと。今年は代役を含め、すでに3回出店した。
 いつものバーの店主も、ほぼ毎回、自分のお店の開店前にやって来る。フード担当はごはんものを出す人、おつまみを出す人の2人制。もうひとりがつくるスパイスカレーや魯肉飯には「おいしい」と言うけれど、私のお惣菜には一切感想を言わない。
 それなのに、である。
 今年になってから飲みに行くたび、「いつ、お惣菜屋さんを開くんですか?」と聞いてくる。「イベント出店はできる限りやるけど、自分のお店は持たない」と言うと、「なんでやらないの?」「やればいいのに」と追撃。「おいしいって言わないくせに言うなよー」と思いながら聞き流していた。

「いつ、お惣菜屋さん始めます?」
「あのね、自分のお店を出せるほど、おいしいものはつくれないから」
「あちこちまわってわかったんですけど、おいしい必要はないです」
 先週、バーを訪れるとそんなことを言い出した。
「お惣菜屋さんのリサーチしたんですよ」
 福井にはお惣菜屋さんが多く、その理由は共働き率の高さ(日本一)にある。共働きだからお惣菜を買うだけの収入のある家庭が多い。その日のごはんのおかずだけでなく、翌日のお弁当に入れるものも買っていく。などなど。
 まるで無料でコンサルティングしてくれているかのよう。いや、本当にコンサルしてるのでは? 頼んでないのに。お金払わないのに。
 その記憶が残っているところに、東京のフレンチレストラン店主の話を読んだものだから、一気にお店を持つイメージが湧いたのだ。

 仕事のはじまりである、「自分ごと」と「贈り物」。でも仕事が続いていくということは、その二つが重なり合い、混ざり合っていくこと。自分ごととしてはじめたものも必要としてくれる人がいて、仕事になっていく。贈り物をするようにはじめた仕事も、自分がそうした、という思いがなければ続いていかない。 (「生きるように働く」より)

 この本を読み終える頃、私の「お惣菜屋さんになりたい」という気持ちは確固たるものになっているかもしれない。なっていそうな気がする。
 実現に向けて必要な資格や免許について調べよう。どのくらい資金が必要なのか、使える補助金はあるのか。夢見てるだけでは済まされないところまで突き詰める。あとは申請書類を書くだけ、という状態まで一気に持っていきそうだ。
 そして昨日の出店では、食べ終わった後に料金設定や量についてダメ出しを受けた。すでにコンサルは始まっている。
「自信を持っていいんですから」
 そう背中を押す言葉に乗っかって、彼の手のひらの上で踊ってみようか。



ネコ4匹のQOL向上に使用しますので、よろしくお願いしまーす