人は悪口が好き、私も悪口が好き

悪口、大好き。というか、悪口、よく言う。

私が思う「悪口」は、誰かの行動に自分の感想をのせて否定したもの。
誰かの行動に「ちっ」ってなること多々あるし、細かいことが気になる質だし。そりゃ、たくさん悪口言う。

人にも言う。
特に「あの人(もの・こと)、いいよね」なんて言ってるときにぶっ込む。
「いや、私はこうこうこうだから好きじゃない、○○(人・もの・こと)の方がいいと思うな」

でも、「そうですよね」なんて言って、大して仲よくもない人たちが集まりだして、「ほんとは私も、、」とか「あのときちょっとどうかと思ったんだよね」「だよね」「だよね」となりそうになったら、場を去る。
あるいは、「いや、でもこういうところはいいと思うんだよね」と逆を言ってみる。
すると、「えー、それは気のせいですよ」とか「それはこうだからじゃないですか」と誰ものってこない。
悪口には群れるのに。

仲よしと「まったくねー」「ほんとだよねー」なんて言いながら悪口大会はする。せいぜい2~3人。まあ、こんな私なので仲よしがいないからというのもあるけれど。
ひとりでも言う。前述したみたいに、ひとりだけ反対のこと言う。
でも群れで悪口は言わない。

ひとりで言えない悪口も、群れたら言えるって不思議。
きっとそこにも人間の集団性みたいなものが働くんだろうな。集団がこっちに流れたら、集団からはみ出さないようにしなきゃとなるんだと思う。たぶん。
なんせ小学生の頃から通知表に「協調性がない」と書かれただけあって、集団が苦手なもので。集団の論理とか心理が実感を伴って理解できていない。
だから私はスペシャル、だなんて思ってない。

仲よしとの悪口大会って、笑い話のひとつだったりする。
だけど、群れて悪口大会になると、笑えない。
群れから離れて観察すると、みんな、顔つきがよろしくない。ああ、こんな嫌な顔するんだなーって目を閉じる。

人間はそもそも悪だと思ってる。それが現実に目の前にある、って感じ。
私自身、群れてないけど、悪だ。
群れを観察して、嫌な顔してるなーなんて思ってるのがいい人間なはずがない。嫌味な人間である。

でもさ、こんなふうに群れで悪口言うってことは、自分が属してないときには自分の悪口大会になってると思わない?
こんな嬉々として悪口言われてると思うと、笑えなくない?
ま、私は嬉々として私の悪口を言うてる群れがあったとしてもかまわないけど。

人の悪口を言うってことは、自分も言われてるってこと。
私にはその自覚があるし、なんなら言われるようなこと多々してる自覚もある。かつ、言われてもかまわない。

だって、私は私、人は人。
私には私の意見や感想があるように、人には人の意見や感想がある。
私が○○を嫌いで否定するように、人は私を嫌いで否定する。
もっともである。

いいよ、私の悪口言うて盛り上がっても。
私はそれを尊重する。


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