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ホッケがあれば写真はいらない
今日は滋賀で泊まる予定だったけれど、お金もなくなり、精魂尽きたので自分ちに帰ることにした。
シェアメイトに最寄り駅まで迎えに来てもらった。途中、家の近所のスーパーへ寄ってもらい、ちょっと買い物。
昨日、奈良へ向かう車中、なおさんが食べていたアイス。その前夜、バーで酔いつぶれながら聞いた気がする「飲んだらピノでしょ」。そうだ、今夜はアルコールとアイスで乗り切ろう。
どこのスーパーも入口は野菜売り場。迎えに来てくれたシェアメイトとおしゃべりしながら見ていく。途中で別れ、私はそのままいつもの道順を行く。突き当りは鮮魚売り場。あ、今日は生のホッケがある。これ買って帰って焼いたら、なおさん食べるかな。
そこではっとする。もうなおさんはいない。横に並ぶサバも、その先の半額になったお刺身も、その先の焼き魚コーナーも、どれもこれも全部もう必要ない。
鮮魚売り場を抜け、フライのところに着いたとき、涙がぽろぽろこぼれ落ちる。こうして書きながら、また涙があふれ出す。
しばらくはここのスーパーで買い物できないな。とにかく、アルコールとアイスを買おう。
アイスの売り場で、ジャイアントコーンを見つけた。これこれ、なおさんは青いやつだったな。また涙がこぼれる。赤いジャイアントコーンと、なにやら季節限定のピノを買い物かごに放り込む。
こんな夜は仕方ない、とことん泣こう。なおさんが好きそうな甘い缶チューハイを2缶選ぶ。
家に帰り着き、ほろよいのグレフルソルティを飲みながら、パソコンへ向かう。
ほかの仲のよい住民とは異なり、私はそれほどなおさんと多くの時間をすごしていない。一緒に出かけたことも数えるほどしかない。それでも2年は長く、あちこちに思い出が染み込んでいる。あちらもこちらも、振り向けばなおさんの欠片が残っている。
「またね」
思ってもない言葉が出たのは、きっとその人がどうにも頼りない顔をしていたから。不安げな、風が吹いたら倒れてしまいそうな、どうしていいかわからないような顔をしていたから。
「また(会えるから)ね」
もう会えないと思っているのに。
次があるなんて、どの別れでも思ったことはない。いつ何時、なにがあるかわからない。人は想像以上に簡単に死ぬ。今夜ホテルに向かう途中で刺されるかもしれないし、寝ている間に突然死するかもしれない。
だから、明日だろうが、3か月後だろうが、1年後だろうが、「また」の機会があるなんてことは信じてない。
だからこそ、別れのその瞬間までを一瞬たりとも忘れたくない。覚えておきたい。死ぬときに見る、走馬灯の1コマになってほしいから。
あちこちに欠片があるから、いつ死んでもいいかもしれない。いつでも思い出せる。案外、なおさん自身ではなくホッケや焼きサバが走馬灯に流れるかもしれない。お豆腐や納豆の可能性もあるな。
写真がなくても私には記憶がある。写真を振り返らなくても、食パンを見ただけで思い出がよみがえる。海を見れば思い出す。
当分、どこへ行っても涙がこぼれるだろう。平気になるには、まだ少し時間がかかりそうだ。
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