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好きは最高のほめ言葉

 昨夜、いつものバーで朝まですごした。私の書き出しは大抵「いつものバーで」とあるのだが、私にとって気づきがあるのはここのことが多い。たぶんたくさん話をしたり、人と会ったりするからだと思う。
 人の気持ちがわからない私は、いろんな人の話を聞き、様子をうかがい、観察してデータをとる。そこから人について自分なりの考えをまとめる。こういうことなんじゃないか、という私なりの推測。
 当然のことながら正解だとは思っていない。観察した相手に「今のこの発言はこういう気持ちからなの?」などと確認をとったことはないし、状況によってあるいは立場によって、思考や志向によって解はひとつではないと思う。
 だから、さらに人の話を聞き、対話し、観察する。いやな奴だな、私って。

 いつものバーの店主は、未だに解の見つからない「友だちとは?」という問いを私に与えた大好きな"友だち"。
 彼とはたくさん話してきた。ふたりきりで話すのは、週に一度、2時間から長くて5時間6時間くらい。彼にとって私が一番話した相手なのかは知らない。けれど、私にとっては確実に一番だ。
 これだけ話しているのに、昨夜も彼は私の言ったことを私の意図とは異なる受け取り方をした。私が思うに、彼の中に彼がつくり上げた「私」がいて、目の前の私が発した言葉を「私」に反射させてから受け取っている。文字通り、曲解だ。
「うーん、そういう意味じゃなくて」「いや、そこはそう思ってないって前にも言ったじゃんか」「いつまで経ってもすれ違ってるなぁ」
 しょっちゅう、そう思う。

 昨夜の最後は、春から海外へ移り住むOくんと一緒だった。
 私も過去に一度会ったことがあるのだが、Oくんは私の大好きな人や常連客と仲よしだ。それほどしょっちゅう来るわけではないが、いないときでも名前が出るくらい愛されている。
 まじめで素直、好き嫌いの感情はさておき、誰とでもちゃんと向き合って率直に話す。自分をよく見せようとすることがなく、すんっとそこにいるそのままの人なんだとわかる。裏読みしがちな私にとっては、疑心暗鬼にならなくていいから楽に話せる。
「帰りたくないんです」
 常連客が徐々に帰ってゆき、残った4人で話していたのだが、隣りにいたOくんが突然、私に言った。
「これがここに来る最後だと思うと帰れない。去りがたいんです」

「ここは稀有な場所で、受け入れられてると感じる。みんなが僕のことを愛してくれてるって感じるんです」

「たしかに愛されてるよね。私さ、好きは最高のほめ言葉だと思ってるの。相手のいいところも、いやだと思うところも全部丸ごとひっくるめてOKってことだから。そのままのあなたでOKって、言ってもらえるのって最高じゃない?」

「ここでみんなに愛されてるってことが僕の自信になってます。しょっちゅう来れるわけじゃないけど、来れない間も心の支えなんです」

「みんなに愛されてるってことは、OくんのそのままでOKって言ってもらってることだもん。条件なしに肯定してもらえるのは自信になるよね。
 またおいで。いつだって来ていいんだよ。実際にこの先どうなるかわからないけれど、これが最後って思う必要はない。自分で決めなきゃ、最後にはならないんだから。またね」

 私は"友だち"のことが大好きだ。私の言葉を曲解し、ちっとも私を理解してくれない。私が話したことも、私に話したこともしょっちゅう忘れる。権威性がないから、私の言葉に聞く耳を持たない。失言も多くて、話の本題から外れたところで傷つくようなことを言われるときもある。たまに粗末に扱われてると感じることもある。
 だけど、私は彼が大好き。
 私が自分で気づけなかった問いを与えてくれたり、聞きかじったことに枝葉を与えてくれたり、知らないことをおしえてくれたり。やりたかったお惣菜屋さんのチャンスをくれたのも、なんちゃってライターの私を表現者と呼んでくれたのも彼だ。最近はお惣菜屋さんのリサーチをして、私がお惣菜屋さんになるときのためのコンサルのようなことをしてくれている。頼んだわけでもないのに。
 一方、誰かに対して優しかったり、厳しかったり、無神経だったり、虚勢を張ったり、対人関係で失敗したり、人を傷つけたり、そのことで自分が傷ついていたりもする。

 いいも悪いも全部ひっくるめて、私は"友だち"のことが大好きだ。
 いつか齟齬が生じて友だちでなくなるかもしれない。どちらかが、あるいはどちらもここを去ったり、お店がなくなったりして会うこともなくなるかもしれない。長く長く話すことにも、いつか終わりは来る。時が経てば関係は変わる。会っても話さなくなるかもしれない。
 「好き」にも終わりは来るのだろうか。今はまだ、好きじゃなくなったり、話さなくなったりするときは想像できないけれど。
 そのときが来ても、もらった言葉や思いやりをずっと覚えていたい。過去を懐かしむより、受け取ったものを生かしたい。そしてもらうばかりでなく、私もひとつくらい何か渡したい。できたらいいな。




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タナカアキ
ネコ4匹のQOL向上に使用しますので、よろしくお願いしまーす