Vitasがネットの海に沈みきる前に
Vitas
おそらくこのページを開くほど物好きの方なら知っていることだと思う。
(もし聴いたことがなければ、少しスクロールして7th elementだけでも聴いて欲しい。)
率直に、彼にどんなイメージをもっているだろう。
”高音を出すキテレツな歌手”といったところだろうか。
ただ、そんなキテレツVitasも最近はすっかり名前を聞かなくなった。
久しぶりに名前を聞いて懐かしいと感じる方もいるかもしれない。
実際、今となっては人気も下火になり、目立ったヒットも20年近くない。
このままだと良くも悪くも話題になっていた彼が、おもしろキテレツ歌手としてだけネットの海に沈んでいってしまいそうだ。
Vitasが好き過ぎてロシア語を始めた身として、それは何だかなぁと思うところ。
(ちょっと盛りました。きっかけは他にもソ連製カメラなどがあります。)
そこで、少しだけ深掘ってご紹介しようというのが本Noteの趣旨である。
それでは早速、時代を20世紀末にまで巻き戻して、時系列的に彼の楽曲を聴いていってみよう。
オデッサ期 1996(?)年 - 1999年
彼の生い立ちについてはここではサクッと。
1979年、ラトビア生まれ、その後すぐにウクライナへ。2000年ごろにモスクワへ移るまで、首都オデッサで暮らす。
両親がデザイナーや音楽家であったため、小さい頃からあらゆる芸術に触れていたようだ。
彼が舞台に立つのは1990年代後半から。
地元の音大に落ちた後、劇場の演者として働くようになった。
Mega Dance (1998)
どうだろう。
なんだコレというのがぶっちゃけた感想
なかなかに個性的なパフォーマンスだが、後のヒット曲7th Elementの原型を感じることができる。
例のレロレロレロレロレロレロとするやつだ。
ちなみに、Mega DanceをYoutubeにアップしているDmitry Plachkovskyという人物はVitasの最初の音楽パートナーである。
当時は二人で ”DI VI Project" 名義で活動していたよう。
2003年発表のThe Starも彼による作曲。二人の関係は長く続いていくことになる。
Opera 1 (1999)
象徴的な高音がこの頃には取り入れられるように。
Vitas初のMV。ただ、VitasらしいMVかと言われるとそうではなく、”とりあえず撮りました”感が強い。
$${\Huge\text髪がある。}$$
Opera 2 (1999)
ご存知、彼の代表曲。
有名なミュージックビデオが作られるのは2001年だが、曲自体は1999年時点で完成していた。
なお、確認できる限り、実際に歌っているOpera 2はこれしかない。
これ以降、Opera 2に限らず、彼はほぼ全てのライブを口パクで乗り切ることになる。
後述するように、この口パクもVitas的世界観に一役買うことになっていくのではあるが。
ともあれ、この時期は一部の楽曲は洗練されつつあったが、特に衣装や演出については方向性が定まっていなかった時期と言えるだろう。
人外期 2000年 - 2002年
代表曲:7th element, Dream, Opera 2, Smile!
アルバム:Philosophy of Miracle(1st), Smile!(2nd)
そんな中、劇場で演じていたOpera 2が音楽プロデューサーSergey Pudovkin氏の目にとまり、Opera 2のMVを撮影することに。
同時に拠点をオデッサからモスクワへ移す。
Opera 2 (MV:2001, 楽曲:1999)
1999年のOpera 2は単なる高音を強調した楽曲に過ぎなかった。
だが、魚人と化したVitasのMVがそこに一捻り加える。
このカフカ的不条理を思わせるMVによって、単なる高音は存在に対する悲痛な叫びへと変わるのだ。
Sergey氏の見事な采配が功を奏し、Vitasはたちまちロシア国内で有名になっていく。
$${\Huge\text髪がなくなった。}$$
そして、Opera 2がヒットしたVitasはクレムリンでの最年少公演を敢行する。
7th element (Live:2002, 楽曲:2001)
という歌詞とともに、宇宙人のような衣装で登場。
Mega danceで見せた独特の歌い方があわさり、現実離れした雰囲気を強調する。
なお、この衣装および題名は、SF映画 5th element (1997) に影響を受けていると思われる。
公言はされていないが、次のDream (2001) においても 5th element の劇中歌 The Diva Dance をサンプリングして使用している。
Dream (2001)
夢のような別世界をテーマとし、歌い方もMega danceから引き継がれている。
7th elementの姉妹曲といえるような曲である。
衣装も劣らず特徴的だが、重さは約15kg、うち1.2kgは純銀だそうだ。
製作期間6か月の大作。
このように、この時期のVitasはエイリアンや魚など人外の生命体をモチーフにしている。
そして、それらがモチーフの異質な衣装・舞台装置・ダンス・MVなどが、彼の高音や独特な歌い方と相乗に作用し、”人外感”がさらに高まっている。
この非現実的な世界観にボクはたまらなく惹かれてしまったのである。
(バタイユ的な連続性、現実態に対する可能態、みたいなものが好きなのだ。)
また、この”独特な歌い方”には口パクも含まれる。
超高音やレロレロ歌唱をあまりに完璧にこなすため、観客も当然口パクを疑ってかかるが、それに対する彼のアンサーがマイクふりふりである。
(下記動画02:00あたりから)
つまるところ、
”マイクが口から離れている間は歌声が聞こえない=口パクしていない”
という主張である。
仕組みとしては、マイクに音声が入力されていればボーカルトラックがオンになり、入力されていなければオフになる、というもの。
次第にメッキは剥がれてくるのであるが、初見であればこのマイクふりふりに騙される人もおり、一層彼は人間離れした存在に思えたのだった。
そして、この世界観の舵取りをしていたのがプロデューサーのSergey Pudovkinであった。
彼はこの世界観を守るため、Vitasへのインタビュー依頼を許可しなかったほどである。
またこうも語っている。
人間期 2003年 - 2004年
代表曲:The Star, Dedication
アルバム:Mama(3rd), A Kiss as Long as Eternity(4th)
しかし、2003年以降、彼は再び人間に戻る。
Ave Maria (Live:2003, 楽曲:2001)
あれだけ尖っていたVitasはどこへやら、非常に丸くなった。
2002年のライブでは悪魔的な衣装・演出で歌っていたAve Mariaもまるで天使が歌うような様相である。
そこには母の死が関係する。
Vitasが多忙を極めていた2001年夏に彼の母は病死してしまう。
しかも、コンサート中に亡くなったために、看取ることもできなかった。
その後の2002年も尖りまくっていたが、おそらくは2ndアルバムも収録しおえていたために、しばらくはこれまでの世界観を貫かなければいけなかったのだと思う。
だが、3rdアルバム”Mama”では一転、母への愛、孤独の悲しみなど、非常に人間的なテーマを歌うようになる。
衣装もスーツ姿に。
Dedication(2003)
Dedication、歌詞の無い歌。
日本のテレビ番組でも超高音の曲として紹介された、Vitasの最高音が出ている曲。
背景を知ってからは、この超高音は単なるパフォーマンスではなく、天国へ届けるためと感じられる。
亡き母へ捧げられたVitasのレクイエム。
Starry River(2003)
ベテラン音楽家による楽曲提供もこの頃の特徴だ。
実験的な要素は少なくなり、メロディラインのしっかりした曲が増えた。
例えば、Starry Riverは著名な作曲家Aleksandra Pakhmutovaによる提供で、ライブでのピアノの伴奏も彼女だ。
その他、Lev Leshenkoら大物ともコラボしている。
人間に戻ったVitasにロシアンポップが非常にマッチしている。
$${\Huge\text髪がまた生えた。}$$
ロシア国外での”発見” 2000年代後半以降
だがこれ以降、ロシア国内における彼の人気は下火になっていく。
新たな世界観を示せず、変わり映えのない楽曲、口パクのメッキも剥がれてしまった。
一方、2000年台後半に登場する動画サイトを経由して、彼はロシア国外において”発見”されていく。
日本でもニコニコ動画で注目を集め、かくいうボクもニコニコでVitasと出会った。
たが、中国での人気はその比ではなく、2010年台には彼の活動は主に中国に移る。
2016年には”Made in China”なんていうド直球のタイトルをつけたアルバムが登場するほどであった。
ただ、既に”枯れて”しまったVitasは、過去の作品を繰り替えすばかりになってしまった。
そろそろ本Noteもまとめに入ろう。
最後に
時代をくだりながら彼の表現を一緒に見てきたが、いかがだっただろうか。
一度は人間を辞めることで世界観を確立したVitas。
そしてそれに留まらず、母の死をきっかけに、自ら作った世界観の殻を破り、再び人間として彼は生まれ変わった。
だが、そこが最高点。
”発見”による盛り上がりもあったが、少なくとも日本では、忘れさられていっている。
ただ、少なくともボクは、ネットの海に沈んでいく彼の作品をこれからも見つめていく。
貴方もまたそうであればと、淡い期待を書いて終わる。
表題の写真はこちらより。