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『血の遠征の時代』 『働き者の奴隷メグ』
作:田中桂
※このおはなしは、架空世界カナンを舞台にしたファンタジーです。カナンについてはこちらのガイドページを見てください。
https://note.mu/tanaka_kei/n/n6547e2396851
※本編を最後まで読むには課金が必要です。
※今回は短いおはなしを2本。1本目は最後まで、2本目は冒頭部分を無料で読むことができます。
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『血の遠征の時代』
「なに故かようなことになったものであろうな」
闇に眩い眼下の炎を眺めやりながらムロダイ王は自嘲気味につぶやいた。
「この上は、和議をお申し入れになられては」
静かな声にムロダイは首を振った。
「言うな奥、ここで小娘に膝を屈っするわけにはいかぬ。屈すればこれまで戦い倒れた者たちに何条もって言い訳が立とう」
いつもは控え目な背後の女は、しかし今日はいつになく強情であった。
「なれどこのまま戦えば、彼らの勇戦を伝え残すものさえ絶え果てます。ご覧ください」
女はムロダイの傍らに立って、窓の下を示した。
「あそこで戦っている者は、かつてカナンを駆けたさむらいたちではありません。年端もいかぬ子供か年寄りばかり。女たちまでも槍を取って敵に立ち向かっておりまする」
「街住まいのやせざむらいには引けは取らぬ。一族の女の口癖であったものな。ああ、馬を駆り自在に大地を駆け回った頃がはるか昔のようだ」
「……」
過去へ思いを馳る夫の横顔を、女は哀しげに見つめている。
「殿、どうかお使者を。いまならばまだ和議も……」
「くどいぞ奥。もう言うな、我ら一族はクマリを名乗る小娘には屈せぬ。騎馬の民として最後のひとりまで戦うわ」
「殿! お聞きわけください! もはや馬の百頭とてなく、砦にたてこもった我らが、騎馬の誇りなど……」
「だまれ!」
王は妻を一喝した。
「お前こそ、騎馬の民の王の妻であることを忘れ、のどかな街人のようなことを抜かすな! たといどこに住まおうと我らは騎馬の民、誰かの支配には屈せぬとなぜわからぬ!」
「わかりませぬ」
いっそ静かな妻の言葉に、なぜか王は背筋が寒くなる心地がした。
「もう力に任せて切取り勝手の時代は終わったのです。これからはクマリのもと、万民が力を合わせてより豊かな暮らしを目指す時代、なぜそれがおわかりになりませぬ」
「な、なにを言う奥。……まさか、お前……」
うろたえる王に妻は静かな視線を注ぐばかり。闇の奥からは怒号と悲鳴が途切れることなく続いていたけれども。
「お前は何者だ……いったいいつから……」
「いつから、と申さば最初から、にございます。殿様。騎馬の民が平和の内に聖都に帰順するよう、御前に遣わされました」
「では、儂がお前を奪い取ったその時にはもう……」
妻はうなずく。
「私が神殿から命を受けてよる、もう6年の歳月が経ちました。殿様」
「なんだ」
「どうしても、聖都に下ってはいただけませんか。私はこれ以上民の死ぬのを見たくはございませぬ」
「黙れ裏切り者! ……いや、お前は最初から裏切ってなどいなかったのだな」
王は苦く呟くと槍を取った。
「王」
「死ね、犬め!」
王が繰りだした必殺の槍を、妻はしかしなんなくかわした。
そして次の瞬間には王は自らの首のない自らの身体を見上げていた。
それが王の見た最後の光景であった。
妻は夫の首を優しく抱き上げる。
涙があとから溢れるのを止めることができない。が、彼女の使命はまだ終わってはいない。
「女にしか果たしえぬ使命、分かっていたはずなのに……。クマリ、お助けください……っ」
愛した夫の首を強くかき抱きながら、女はその場をあとにした。
『働きものの奴隷メグ』
「この店は、場所を移した方がいい」
と呪い師は真剣な顔で言ったけれど、ご主人は聞く耳持たなかった。方角が悪いとか、通り道のちょうど十字路にあたっているのだとか、痩せた呪い師はいろいろと言っていたけれど、結局ご主人に追い出されてしまった。
「商売の邪魔をしやがって」と肩で息をしているご主人が、呪い師から飲み食いのお代を取りっぱぐれたことに気づいたのは、もう相手の姿が見えなくなってからのことだ。
「別に、おかしなことなんかないですけどねえ」
と、私は呪い師が飲み食いした食器を片づけながら、ご主人に声をかけた。
「おかしなことなんかあってたまるかい」
ご主人は分厚い胸板の前で腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。
「この店は俺がその昔、さるお方から預かった大事な店なんだぞ。そう簡単に、動かしたりなんかできるものかよ」
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