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短編小説『豹頭王偽伝 石の村』前編 (無料公開版)

※公開期間終了。本編はマガジン「空想海軍 短編小説集」に移りました。

【街道上の伝説】

「ほんとうに、ほんとうに、ほんとうにいたのね! 豹頭王! そりゃあいるとは思っていたけど、実際にこの目で見るまではなかなか信じられないじゃない? だって豹頭よ? 首から上が豹なのよ? そのうえ、あのケイロニアの王様だなんて! ……あ、王様ってことはお付きのひととかいるんじゃない? いきなり後ろから斬りかかられたりはしないわよね? ねえ王様ひとりなの? ケイロニアの王様がこんなところでひとりっきりでなにしてるの?」
 まくしたてる言葉に、かの豹頭王は歩みを止め、苦笑とともに女を見た。不思議といえば不思議なことだが、豹頭に浮かんだその表情は、たしかに苦笑以外のなにものにも見えない。
 豹頭王。
 2タールはあるかというその巨躯は、全身を覆ったマントの上からでもおそるべき力と戦闘力を秘めているだろうことがありありとわかる。それだけでも滅多に見ることができない偉丈夫ぶりではあるのだが、彼女の眼の前にいる男の特別さは、その身体の肩より上……つまりその頭にあった。
 彼の頭は人間のそれではない。黄色い体毛に黒い斑紋、ぴんと立った耳。鋭い牙を隠した巨大な口。そしてトパーズ色に光る目。彼の頭は豹のそれであったのだ。
 豹の頭を持つ偉丈夫。そんな男がこの世に何人もいるわけはない。この男こそ、中原にその名を知らぬ者のない、ケイロニアの豹頭王グインそのひとに違いないのであった。
 豹頭王は、その口からわずかに牙を覗かせて女に話しかけた。獣の唸り声ではない、落ち着いた深みのある声色の人間の言葉でだ。
「お前のようなしゃべり方をする者にひとり心当たりがある。もっとも、そいつは男だったがな。確かに俺はその豹頭王で、供は連れていない。ひとりだ。が、お前のほうこそどうなのだ」
「どうっ……て?」
「その姿を見れば傭兵か騎士か……だが、女の身で戦士というのが珍しくないとしても、それこそ、なぜこんなところにひとりでいる。その口ぶりでは、この道が普通の街道でないことは知っているようだが」
 豹頭王の問いに、女……女戦士はあらためて王の顔を見上げた。そうするとマントに半ば隠されていたその身体つきがあらわになる。
 簡素な草摺つきの胴鎧の下には、厚手の織りのシャツとスカート。この季節でも肌寒いここいらでは珍しくない出で立ちだが、そんな服装であっても、大きく張り出した女の両の乳房と引き締まった腰の曲線はよく目立った。ほんらいは身体の線を隠す胴鎧自体も、胸のふくらみを押さえつけるのでなく、そのかたちに沿って作られた特注品らしかった。そのせいで乳房のふくらみがより強調されている。
 その女が言う。
「近道だから。王様が言ってるのは、宿場で言われてる噂のことだと思うけど、たいていの危険ならどうとでも切り抜けられるわ。それより急ぐのよ。だって戦争が始まるんでしょ?」
 女はたばさんだ剣を軽く叩いてみせた。拳ひとつと半分の長さの柄は、片手で使うことを基本としながら、いざというときには両手で振ることもできる、素早さと力強さの両立を求めたいわゆる「片手半剣」だ。いかにも傭兵らしい武器といえる。
「そうなるとは限らないさ。おまえはゴーラで傭兵の口を求めているのか」
 豹頭王は女の言葉を否定しなかった。ケイロニアとゴーラの関係については中原で知らぬものはない。ことに昨今、ゴーラが急速に軍を拡大しつつある、という話もまた有名だった。
 そしていまふたりが歩いている道は、ケイロニア側からゴーラ領へ至るいくつもの街道の、その中のひとつだった。その道で先を急ぐ傭兵といえば、ゴーラで職を得ようとしている、というのは豹頭王の知恵もってしなくともわかる話ではある。
 女はうなずいた。
「ケイロニアじゃ、もう傭兵隊もすっかりできあがってるでしょ。だからあたしみたいな流れ者が入り込む余地なんかないかなあって。でも、これもヤーンのお導きかな。ねえ、あたしが傭兵隊に入れるように口をきいてくれません? 王様」
 と笑みを浮かべた。見る者に警戒心を解かせるような、不思議な魅力のある笑顔だった。だが豹頭王の反応はあっさりしたものだ。
「お前の腕前が、その度胸に見合うだけあるのなら、俺の口利きなどなくとも入隊するのは簡単だろうさ。だいいち俺もいまサイロンに戻るわけにはいかん。この先に用があるのでな」
「もういじわる。だったらいいわ。どうせ同じ方向に行くつもりだったんだし、あたしも王様についていくわよ」
「来るな、と言える立場でもない。好きにするがいい。だが安全は保証できないぞ」
 豹頭王はマントをひるがえして再び歩き出す。女は小走りに後を追った。
「そんなに危険なの? 野盗や傭兵くずれくらい、王様ならどうってことないでしょうに」
「ほんとうに野盗のたぐいであればな」
「あ、もう待ってよ王様。まだ自己紹介もしてない! あたしはオミナ、アグラーヤのオミナよ!」

(掲載期間が終わりましたので)ここから先は、有料マガジン「空想海軍 短編小説集」でお楽しみください。


※期間限定・短編小説 について
 期間限定・短編小説では、とくにテーマも定めず私が「こんなの書きたいな」と思ったものをできるだけ短くまとめて書いていこうと思っています。
 掲載期間もとくに定めず、「次の短編がアップされるまで掲載」くらいに考えています。

 掲載終了後もマガジン「空想海軍 短編小説集」(こちらは有料)に載せておきますので、過去作が読みたくなったひとはそちらでよろしくお願いします。

「空想海軍 短編小説集」

https://note.mu/tanaka_kei/m/m5a2978bf4709


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