運命の人
ふとしたときに思い出す人が好きな人という言葉を不意に思い出す。
真夜中に行く当てもなくバイクに乗っていると、幾分、センチメンタルにもロマンチックにもなってしまう。バイクで走っているときは、夜の空気をかき分ける爽快感に酔いしれる一方だが、信号待ちになって、手も足も何もかも手持ち無沙汰になると僕の頭は予期もしない方向に働いてしまう。特に長い信号は分が悪い。
彼女は大学の同期で、幼なじみというには出会うのが遅かったけれど、ずっと昔から一緒にいたような気がした。安心感があった。だからこそ、とりとめもないただの会話が楽しかった。だからこそ、些細なことで喧嘩したし、その度にお互い目も合わせないような日が続く事もあった。それでも、毎日が楽しかった。これまでも、これからもこんなに笑うことはないと思うくらい、おなかの底から笑えた。
今だから良い思い出になっているのだろう。雨粒なのか涙なのか分からない液体が頬に触れる。今日はいつも以上にセンチメンタルになる日らしい。今夜はやけに冷える。
彼女といると感情が忙しかった。暇になってようやく気づいた。彼女が好きだと。
好きだった。誰もがつい二度見してしまう顔立ちに、一緒に居ると不安にさせるような華奢な体。そこからは想像もつかないほど、図々しく、気が強く、負けず嫌いな性格。それでいて不意に目が合ったときに見せる変顔。ガハハとしか表すことのできないあの豪快な笑い声。あの笑顔がない日常なんて考えられなかった。
その全てが今日からは過去形になる。今度は得体のしれない液体が頬から落ちる。センチメンタルになるのは、夜にバイクに乗っているからではない。悲しいことがあったから、悲しいのだ。今夜だけ悲しいのだ。
彼女におしいところなんてこれっぽっちもなかった。
彼女こそが、僕の運命の人だった。