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水温低下で魚が喰い渋るわけ
春の兆しが見えつつも、まだまだ厳しい冷え込みが続きますね。
水温も1年で最も低下する時期が続いています。
水温低下でなぜ魚は喰い渋るのか?
この当たり前のような問いについて、論文などを参照しながら、ちょっとだけ真面目に検証してみました。
記事の第一部は、主に基礎的な理論の整理をしています。ちょっと難しいなぁと思った場合には、読み飛ばして先に進んでください。
記事の第二部に実釣に役に立つかもしれない具体的な記述があります。
時間がないよ!という方は、最後にまとめを書きましたので、そちらだけでも読んでみてください。
なお、わかりやすい内容にするために、厳密には正確でない表現をしている箇所もあります。
専門家の方からすると稚拙な文章かと思いますが、門外漢の書いた釣りコラムですので、ご容赦ください。なるべく慎重に書いたつもりですが、重大な間違いなどあれば、ご意見をいただけるとありがたいです。
第一部 魚と水温の関係(基礎理論編)
変温動物と体温低下
魚類は、一般的に変温動物であることは、ご存じの方も多いかと思います。
外界の温度にかかわらず、ほぼ一定に体温を調節することができる、哺乳類や鳥類などのような恒温動物に対して、魚類、爬虫類、両生類、昆虫などの変温動物は、外界の温度に伴って体温が変化します。
つまり、水温低下はダイレクトに魚の体温を低下させるわけです。
なるほど!それじゃあ体が冷えちゃうから動きも鈍くなるよね!
そ、その通りなのですが、もう少し喰い渋りの仕組みを深堀りしていきたいと思います。
魚の活動は化学反応です!
魚の体内では、餌や蓄積した栄養素を源として、活動エネルギーをつくりだすために様々な化学反応がおきています。この一連の化学反応のことを代謝といいます。
そして、化学反応には、温度が上がるほど反応速度が速くなり、温度が下がるほど反応速度が遅くなるという法則があります。
魚の体内でおこなわれている代謝も、この法則にしたがいます。
つまり、水温低下により体温低下した魚は、体内でおこなわれる化学反応が遅くなることによって、活動性が低下するのです。
化学反応という絶対的な力で支配されてると思えば、喰い渋ってる魚が釣れなくても諦めがつきますね!笑
なお、ここでいう活動性という言葉は、実釣における活性という用語と区別しています。活性は、水温以外の要素にも大きく影響されますので、ここで使用するのは正確ではありませんよね。
次に、水温の差異がどの程度、魚の活動性に影響をおよぼすのかを紹介したいと思います。
水温低下10度で活動性は1/2に!
$${Q_{10}=(V_2/V_1)^{10/(T_2ーT_1)}}$$
数式…眠たくなりますよね…
ぼくは逆に緊張で汗をかいてしまうのですが、きっと役に立つ式なので簡単に説明します!計算はしなくても大丈夫です!
それでも無理!という方は、太字の部分だけを読んでください!
ここで、Q10は温度が10度変化したときの温度係数といい、Tは温度、Vは反応速度です。
Q10値が2というとき、10度の温度上昇で反応速度は2倍となり、逆に10度の温度低下で反応速度は1/2となるということをあらわしています。
魚の代謝速度は、この法則にしたがうことが知られています。
つまり、水温が10度低下すると魚の活動性は1/2になるということがいえるのです!
どうでしょう?
実釣における感覚も、それほど外れてはいない気がしませんか?
じゃあさ、この理屈でいえば、真夏の高水温ではドンドン喰いが活発になるの??というご意見もあると思います。このことについては後半に書きたいと思います。
ちなみに、(材料系)工学の分野でも、この10度2倍(1/2)則は成立することが知られています。
温度が10度高いと材料の劣化は2倍早くなり、温度が10度低くなると材料は2倍長持ちするのです。
魚の活動性と材料の寿命が同じ法則で説明できるのって、なんだかワクワクしませんか?
水温1度の差ではどうなる?
実釣において、前章の法則のように水温10度の差を考えるシチュエーションといえば、温排水くらいしか考えられませんから、ここでは前章の法則が水温が1度高い場合について計算をしてみることにします。
またまた数式が出てきますので、太字の部分だけを読んでいただいても結構です。
前章の数式は次のように書き変えることができます。
$${V_2=V_1Q_{10}^{(T_2ーT_1)/10}}$$
ここで、Q10は2、温度変化は1度なので、
$${V_2=V_1•2^{(1/10)}≒1.071V_1}$$
つまり、計算上は、水温が1度高いと魚の活動性は1.07倍になるんですね。
逆に、水温が1度低いと魚の活動性は0.93倍となります。
同様に計算すると、魚の活動性は、水温が2度高いと1.14倍、水温が2度低いと0.87倍となります。
水温が3度高いと1.23倍、水温が3度低いと0.81倍になります。
どうでしょう?
1日の中で、これくらいの水温変化が生じたり、ポイントによって水温差があったりすることはあると思います。
実釣における感覚も、それほど外れてはいない気がしませんか?
第二部 水温の急変と安定(実験編)
水温を低下させる実験3例!
第一部では、水温低下で魚が喰い渋る仕組みについて、基礎的な理論を紹介してきました。
第二部では、水槽の水温を低下させる実験をおこなって、魚にどのような変化が起こるのかを観察した事例を3例、論文とともに紹介します。
数式の次は論文か!と思われた方も、ぜひ太字の部分だけでも読んでみてください。釣りと関連する部分だけを抜粋して紹介します。
論文についてはリンクを張りますので、興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
実験1<急変低下編>
実釣において、水温の急低下で喰い渋ったという場面は、多くの釣り人が経験しているのではないでしょうか。
このことを実証してくれることになる、ある実験を紹介します。
論文タイトル
「水温の急変が静止流体中を単独遊泳するオイカワの遊泳特性に及ぼす影響」
実験の対象となった魚は、オイカワです。
20度の水温に馴れさせたオイカワを水温10、15、20、25、30度の水槽に入れて、その動きを観察するという実験をおこなっています。
一部の結果を抜粋して紹介します。
水温を10度低下させた場合に、以下の遊泳特性が確認されました。
尾びれの振動数は1/2に
総遊泳距離は1/2に
遊泳速度は1/3に
水温を10度上昇させた場合に、以下の遊泳特性が確認されました。
尾びれの振動数は2倍に
総遊泳距離は1.5倍に
遊泳速度は1.3倍に
どうですか!!
第一部で紹介した化学反応速度の変化により魚の活動性が水温10度で2倍(1/2)変化する法則がピッタリと当てはまる結果となっています!!
総遊泳距離と遊泳速度は、尾びれの振動数の変化から派生する結果と考えればよいのではないでしょうか。
もう一点、興味深い結果を紹介します。
魚が疲労困憊せずに泳ぐことができる遊泳速度を持続速度といいますが、持続速度と持続速度以上の遊泳速度の選択の比率、つまり、オイカワがゆったり泳いでいる時間と俊敏に泳いでいる時間を水温ごとに観察した結果は以下の通りになりました。
水温10-25度では、持続速度80-85% 持続速度以上15-20%
水温30度では、持続速度57% 持続速度以上43%
水温25度と水温30度の間にボーダーがあり、水温が30度になると、オイカワは、43%の割合で疲労困憊するような速度で泳ぐことになってしまうんですね。
論文筆者は、この結果について、水温の上昇によりストレスを感じ逃避行動をとった可能性があると述べています。
釣り人の解釈としては、水温上昇で魚の活動性が上がったとしても、水温が上がりすぎると、魚はストレスを感じて平常とは異なる行動をとることになり、それは、喰い渋りにつながると考えてよいかと思います。
つまり、夏の過度な高水温はストレスで喰い渋るというわけです。
これも当たり前の話なのですが、こうして実験でしっかりと結果が出るのは興味深いですよね。
時間がある方は、ぜひ論文を読んでみてください。
実験2<低温馴化編>
実釣において、水温低下で喰い渋ったものの、低水温で安定すると喰いが戻ったといわれることがあると思います。
このことを実証してくれることになる、ある実験を紹介します。
論文タイトル
「環境馴致による魚類筋肉の生化学的変化」
実験の対象となった魚は、マダイです。
水温23度から、1日に1度ずつ水温を低下せていき、筋肉中のミトコンドリアATP合成酵素の比活性を測定するという実験です。
うむむ…急激に難しくなってきました…
興味がある方は、ぜひ時間をかけてじっくり調べてみてください。
時間がない方のために、すごーくざっくりと説明してみます。
ATP合成酵素というのは、細胞中にある、エネルギーをつくりだすモーターのようなものと思ってください。
比活性とは、濃度と思ってください。
実験に戻ります。
低温馴化させたマダイの 6日目、13日目、50日目のミトコンドリアATP合成酵素の比活性を測定したところ、13日目と50日目の値は約2倍に増大したことがわかりました。
また、測定値には個体差があり、ミトコンドリアATP合成酵素の比活性の増大には、少なくとも2週間以上の飼育期間が必要であるとしています。
つまり、マダイは、水温低下で一時的に活動性が低下した場合でも、2週間程度の期間、低温馴化することによって、筋肉中の細胞内でエネルギーを効率よくつくりだす補償機能が働き、活動性を保つようになるということなんですね。
これを実釣にあてはめると、水温低下による喰い渋りは、2週間程度で安定するのではないか?ということです。
ただし、これは、マダイの場合の数値であることに注意してください。
魚種によって、この補償機能の特性は異なるので、興味がある方は調べてみてください。
なお、リンク先の抄録には、最終的に水温を何度で安定させたかの表記はありませんが、論文筆者が記した他の論文(リンクポリシーが明確でないため紹介を控えました)に記載されている内容からすると、8度前後であると考えてよいかと思います。
(50日間ずっと継続して毎日1度ずつ水温を低下させることはできませんよね。)
実験3<自然水温編>
先の2つの実験は、人為的に水温をコントロールして魚の観察をおこなうものでした。
次に紹介するのは、冬季に自然に水温が下がっていく中で、魚の捕食行動にどのような変化がおこるのかを観察したものです。
論文タイトル
「クロダイによる養殖ノリの摂餌試験」
この記事の読者は、チニングをやる方が多いのではないかと思います。さあ、クロダイの話をしますよ!
しかし、この実験は、クロダイによる海苔の食害がテーマなんですね。少し複雑な気持ちになりますが、これもまた真実ではあります。
さて、この論文の内容は、非常にわかりやすいので、みなさん、ぜひ一度読んでみてください!
そのため、ここでの説明は最小限にとどめることにします。
11月中旬から1月末までの間、水槽の水を自然水温のまま低下させ、1日1回、海苔を餌としてクロダイに与え、その摂餌量と水温の関係を調べています。
水温の低下とともに摂餌量は低下していき、水温16度の摂餌量と比較すると水温13度で半減、水温10度で1/4となりました。
また、水温8度になっても摂餌を続けることも確認できました。
どうでしょう?
摂餌量の減少は、つまり、魚の喰い渋りと考えてよいかと思います。
実釣における感覚も、この実験結果に当てはまる気がしませんか?
下記リンクから、ぜひ論文を読んでみてください!
農林水産研究情報総合センター内リンク
まとめ
例えば、水温低下と魚の喰い渋りとの関係性のように、釣り人は、経験から得た感覚的な法則を身につけて持っていると思います。
しかし、この記事のように事象を数値化して整理することによって、理論で補正した感覚にすることができるかもしれません。
理論武装したところで、釣り場で計算機を叩くわけにはいかないですから、結局は感覚で釣りを展開していかなければならないのですが、このとき、少しだけ正確な感覚を身につけていると、釣りがより深く楽しいものになるのでないか、そんなことを考えています。
長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
最後に記事のまとめを箇条書きにして終わりたいと思います。
魚は変温動物で水温低下とともに体温が低下する。水温=魚の体温
水温低下により魚の中でおこなわれる化学反応速度の低下がおこり、魚の活動性が低下する。
化学反応速度は温度が10度低下すると1/2となる法則があり、魚の活動性もこの法則に従う。
理論上、魚の活動性は水温低下1度で7%、2度で13%、3度で19%低下する。
オイカワの泳ぐ水槽の水温を10度急低下させると、尾びれの振動数は1/2となり、化学反応速度低下の理論値と一致する。
過度な高水温は魚にストレスを与え、俊敏に泳ぐ時間の割合を増加させる。
マダイを低水温下で2週間程度馴化させると、筋肉細胞内で効率的にエネルギーをつくりだす補償機能が働き、活動性を保とうとする。つまり、水温低下で安定すると喰い渋りも落ち着くといえるかもしれない。
クロダイに海苔を餌として与えたとき、水温低下とともに摂餌量は低下し、水温16度の摂餌量と比較して、水温13度では1/2、水温10度では1/4となる。