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人生で一番悲しかった、初めての妊婦検診

今日は2020年最後の日、大晦日。そんな日にあの出来事を振り返っておこうと思います。

3月下旬に妊娠が発覚し、少し胃がムカムカする日があるかなという程度でほぼつわりもなく4月を過ごした私。

最初は戸惑っていた旦那も、私の弟(今は二児の父)におすすめしてもらったアプリ「パパninaru」をダウンロードし、お腹の子の成長を確認していました。

無事心拍の確認も済んで、旦那に母子手帳を取りに行ってもらい、区の妊娠検診の書類も揃ったところで、通っていた産婦人科は無痛分娩に対応していないことを知りました(遅いけど)。そのため、弟夫婦が第一子を産んだ、電車で3駅のところにある少し大きめの病院に転院することに。

この間緊急事態宣言の真っ最中だったので、旦那には病院に付き添ってもらえず、エコー写真だけしか見せられなかったのが残念です。心臓が動く様子も心拍の音も、本当は旦那にも聞かせたかった。今となっては、動画で撮影しておけばよかったな…と思います。

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転院先の病院で初めての妊婦検診を予約し、迎えた2020年5月1日。ゴールデンウイーク直前の金曜ということもあり、病院は混雑していました。

その時、私は10周6日。

病院に到着後、看護師さんから今後は待ち時間の間に自分で体重と血圧を測ることとその方法を教えてもらい、出産までの過ごし方や分娩に関する説明書類を渡されました。

そしていざ診察。

最終の生理から、私の出産予定日は11月22日の「いい夫婦の日」でした。

初めまして(後に大変お世話になる)の院長先生へ挨拶し、「今日が初めての妊婦検診ですね、まずは出産予定日は11月22日になるかどうか確認してみましょう」といわれ、エコーが始まりました。

赤ちゃんを確認、心拍を確認、止まる先生の手。

何度もいろんな角度で赤ちゃんをエコーで映そうとする先生。沈黙。

何か、よくないことが起きていることは私でもわかりました。

すると先生が「赤ちゃんの心拍は確認できましたが、大きな懸念があります」と。

一度診察台から降ろされ、椅子に座り、先生から「赤ちゃんの頭蓋骨が育たない、無頭蓋症の可能性があります」といわれました。

え?なにそれ?いま私に起きている話…?

続けて先生から「この症状の場合、赤ちゃんは生まれても数時間しか生きられないことがほとんどです。その前にお腹の中で亡くなる可能性が高く母体にも危険だし、唯一医師が妊婦に中絶を勧める症状です」と説明を受けました。

無頭蓋症は、1/1000の確率で起きるそうです。え?そんなこと、私の身に起きるの?これって現実?としか考えられませんでした。悪夢だと思いました。

もしかしたらこれは助からないという意味かもしれないと、突然のことに頭が真っ白に…。でもここで冷静に確認しなければと思い直し、今から頭蓋骨が発達することはないのか確認しましたが、答えはNo。

先生に「私の見立てだとほぼ100%の確率で無頭蓋症。が、近くの国立の病院で調べてもらうことも可能」と教えてもらうも、ゴールデンウイーク前の金曜日で予約するにも祝日が続きだいぶ先になってしまうこと、そして予約は16:30までであること(その時すでに16:25頃)を教えてもらいました。また、その大きな病院で検査予約できる日は、おそらく11週6日頃となり、もしその後手術をしたら12週を超えてしまうといわれました。

この時まで知らなかったのですが、中絶は時期によりその方法が変わるのだそうです。12週未満の初期中絶は掻爬手術、12週を超えた中期中絶の場合は分娩になると教えてもらいました。先生としてはどちらの中絶も苦しいが、中期中絶となった場合、妊婦の心身への影響が心配とのことでした。

院長先生とは初対面でしたが、弟夫婦がお世話になってとてもよかったと言っていたし信頼はありました。先生の診断を疑ってはいませんでしたが、もう一度見てもらうべきかどうかの判断をすぐに下すことができず…

すると病院に勤務している他の先生を呼んでくださり、もう一度診察してもらえることに。

でもやはり診断は、「無頭蓋症」。

診察台の上で「まだ親に妊娠したこと言ってなかったんだけどな…」とつぶやいたら、一気に今起きている出来事が現実味を増し、涙が溢れてとまらなくなりました。

とにかく今起きている出来事を信じたくなくて。

旦那に話して相談したくて。

その日に国立病院を予約するには間に合わないことはもう承知の上、空いている診察室に通してもらい電話し、旦那にもう助からないかもしれないことを泣きながら伝えました。12週を超えてしまう懸念も話しました。

セカンドオピニオンを受けるべきか、短い時間で迷いました。もしかしたら、このまま生んであげる方法もあるのではないかとも考えましたが、どうしても勇気が出ませんでした。

悪夢だと思いたかった。

悩んでも現実は変わらないけど、そんなすぐに決断したくなかった。

でもこのタイミングで私が妊婦診察を受け無頭蓋症が発覚し、二人の先生が同じ診断を下したということは、何か意味があるのかもしれない。

穏やかな気持ちで、できる限り早くに赤ちゃんを見送ってあげたほうがいいのかもしれない。どのくらい考えたか今では覚えていませんが、その病院で人工妊娠中絶を受けることを決断しました。

なんだか文字にするとあっさりしてしまいますが…。とにかくこの日は絶望でした。

病院も祝日は休みのため、手術は一週間後の5月8日に。その日は事前の血液検査やレントゲンを取ってもらい、中絶の同意書をもらい、病院まで迎えに来てくれた旦那と待ち合わせ。

車でわんわん泣き、帰路につきました。

食欲はなかったけど、あと1週間だけお腹にいる子に何か美味しいものをあげたくて、たこ焼きとたい焼きを買って帰宅。忘れられない夜ご飯です。

家に帰って泣きながらソファに座る私の膝に、旦那が寝転がってきました。「少しでも赤ちゃんの近くにいたい」と言いながら、号泣していました。それを見た私も号泣。口にはしなかったけど、楽しみにしてくれてたのにごめんねという気持ちが抑えられませんでした。

そして後で書類を見たらまた悲しい気持ちになるから、その日のうちに中絶の同意書にサインを済ませておきました。

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やっぱりこうやって書くと、思い出して涙がでてしまいますね。

大晦日にこんな話を書いてしまいましたが、その後の1週間はとても穏やかに過ごせました。この話の続きは、新年に。

様々な状況で子育てや妊活や婚活に悩んでいる方々が、このnoteを読んでくださっているのかもしれません。どんな形でもいいから、皆さんが一人一人に合う幸せを見つけて穏やかに過ごせる2021年になることを祈っています。

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