「寒くない?」
それがその人なりの挨拶であると気づいたのは、いつも通りのぎこちない返答をした数秒後のことだった。
最近のぼくの日課は、近所のサイクリングロードで朝ランニングをすることである。
もともとは部活の寒稽古として期間を決めてやっていたことだが、なんとなく続けている。
こう朝方に走っているとランニングロードにも顔なじみが増えてくるものである。
原色で目立つランニングウェアを着けて走っている男性。
道添いのお家から吠えてくる柴犬。
毎日同じ色のマフラーで自転車通学する高校生。
みんながそれぞれいろんな目的であのランニングロードにつどい、通り抜けていく。
その中の一人に、部活で走っていたころからなんとなく顔を見知っている年配のご婦人がいる。
腰が曲がらないのか、いつも杖に寄っかかりながら、ちょっとずつ歩みを進めていたのが印象
的だった。
今朝もそのご婦人はランニングロードを歩かれていた。
ぼくはいつも通りぼんやりと
「あれ?この人この前も走ってたよな」
と思いながら、すれ違おうとする。
二畳半くらいの距離になったところで、ご婦人の方から「挨拶」をされた。
決まり文句ならおうむ返しをすればいいと思ってたぼくにとっては、
それは予想外の形のものだった。
それに対してぼくは、
「大丈夫ですありがとうございますおはようございます」
笑顔やハキのある声を出すのは慣れてきたものだが、
やはり急に声をかけられるとこわばった対応になる。
「寒いですよねー!おかあさんも体に気をつけて!」
くらい言っておけばよかったものを。
またしても独りよがりな対応をしてしまった。
ふがいない自分を恨みつつも、ぼくらに人でいさせてくれる大切なものが、
このランニングロードで息ぶいている気がした。
挨拶で生まれるものは、ささやかなつながりだ。
それは、組織だとか、コミュニティだとか、「群れ」だとか、境界あるものではない。
「朝に散歩したい、ランニングしたい」。
そんなぼくらを近づきすぎず離れず、ゆるく結びつけてくれる。
日常の片すみのちょっとしたつながりが、
人と生きることの本来のよろこびを、
ちょっとでも思い出させてくれるんだ。