王子は颯爽と現れる
わたしは二度、王子さまに出会ったことがある。
いや本当に。ディズニーランドじゃなく。
舞台はどちらも現代日本の電車の中だった。
1回目は南武線の中。
中学生で身長が143センチくらいしかなかった時だ。
通勤通学の時間で電車が混んでいて、でも背が低くてつり革にも捕まることができず、かなり揺れる電車をサーフィンのようにバランスを取って必死に体勢を崩さないようにして乗っていた。
しかし、やはり人間限界がある。
結局、現代日本満員電車での波乗りは上手くいかず、バランスが取れずに床に転げてしまった。
恥ずかしい、と思って慌てて立ち上がろうと思った時。
そこに王子は現れた。
自分の隣にいたスーツを着たサラリーマンが一瞬で様変わり。
私に手を差し伸べて、「大丈夫?立てる?」といって立ち上がらせてくれた。
しかも、私がつり革に捕まれない背丈だとまあ見てわかったのだろう。「自分に掴まる?」とすら言ってくれた。
こんな出会い、豈図らんや。
驚き過ぎてお礼を大声で言って、掴まるのところは多分冗談だったと思うが、めっちゃぺこぺこ頭を下げて全力で遠慮をしたが、でも、その気遣いがとても嬉しかった。
2回目は、湘南新宿ラインだった。
大学生。成長が止まったものの、座席の前のつり革は掴まれるレベルにまでは成長していた。
しかし、まあまあの混み具合の電車で、ポールが掴めそうな位置に居たのだが、知らんおっさんがそこに寄りかかっていて、掴むことができなかった。
掴む場所で残されているのは、電光掲示板の前のつり革だけ。そこは、背伸びして手を目一杯伸ばして、指先がかかるくらい。
例えるなら、パン食い競争で吊るされている咥えられそうで咥えられないパンみたいな感じ。
そしてつり革に吊るされているような状況で、腕がちぎれそうだなと感じていた時。
また、王子さまが現れた。
しかも彼は異国の男性だった。
にこりと笑った、ラフなパーカーを着た王子は『ここ変わる?』と英語で話しかけてくれて、頷くとそっと静かに代わってくれた。
NFL選手みたいな男性がいる、と思ったが、彼は王子さまだった。さらりと、まるで当然かのような流れで私と場所を代わってくれる。
全員が全員、王子さまなわけではない。
白馬もいなかったし、かぼちゃパンツも履いていなかったし、今はもう顔を忘れてしまったけど、それでもあの瞬間だけは、彼らは私にとって、王子さまだった。
だから私も、もし自分のように困った人間がいたら、手を差し伸べてあげたい。
私も、誰かの王子さまになれるといいな。