『手を差し伸べるのは第一の災いを自ら乗り越えたもの』
北アフリカ(モロッコあたり)に昔から遊牧している民族にベルベル族という人たちがいるそうです。写真のように洋の東西がミックスされた美しい女性が多いことで有名だそうです。
そんな遊牧の民は生き残るために多くの教訓をことわざとして残してくれています。
その一つが
『手を差し伸べるのは第一の災いを自ら乗り越えたもの』
という諺
命の危機にあったとき
世の中助け合いはもちろんなんですけど、厳しい生存競争で生き残るには、助ける人間に最初から困難を乗り越える『胆力』があるか無いかを
ベルベルの人たちは観るそうです。
助けに値する「運」を持ったもののみ助ける。
そんなぁ~と思わないでください。
他の部族の人を助けるということは、
遊牧の民であるベルベルの人にとってはまざに部族の生死を分ける
決断あったのでは無いかと思うのです。
そんな事を今日ふっと思い出しました。
~思い起こせば12年前
一人の政治家がある決断をしました。
今思うとそうなの?と言われそうですが、
その決断は、無謀だと判断されました。当時の大半の世論?もそんな流れだったと思います。
その政治家は、もちろんそれを知った上で、一見無謀と言われながらも目の前に降りかかる困難を一つ一つ丁寧に、たった一人で解決していきました。
当時この政治家の運転手役をちょこっと頼まれていた僕は、
その政治家が、小さな障害を一人でこつこつと対話で解決するのを横で見ていました。
僕はその時、前途の『手を差し伸べるのは…
そのベルベル族のことわざを思い出したのです。
最初から強い存在や人に頼らず第一の災い(いろんな障害)を自らのチカラで解決する気概が、結果多くの人の共感を呼び、多くの手が差し伸べられ志を遂げることが出来ました。
あれから12年…
その彼は、「志」通り、金沢市長となり3期を務める人物となりました。
今それを次の目標に向けて動き始めています。
当然大きな困難が目の前にあるのです。
そんな時人は、どうするでしょう?
誰かに頼りますか?
組織の助けを求めますか?
もちろんそれは大切なことですが、
大切な事は、自らが第一の災いを乗り越える気概があるか、否か?だと思うのです。幸い今の彼も
あのベルベル族の諺のように受け止める気力は衰えていません。
幸いにも現在も、近くで彼を観る事が出来る僕は、
そのチカラがますます大きくなっていると感じます。
困難の大きさが筋トレのダンベルのように大きく重くなるに伴って、
自らにチカラが備わるのだと思います。
応援してくれる方々が増えているのは、
彼のそんな気概の結果です。
敵だったと思っていた人が味方になってくれるのも、
彼の努力の結果です。
人間だから完璧な存在なんてありえません。
駄目なとこだって、
足らないとこだって、配慮が足らないことだって
あるのかもしれない。
だからといって彼の12年間の努力は、無駄ではないでしょう。
少なくとも僕が知っている限り、彼は休暇を取ったことがないです。
今でも全力で駆け抜けています。そのタフさは、
ほんとうの意味で石川県に必要に値すると思います。
当たり前ですが
政治家はもちろん民意を受けてなるものです。
私がどうのこうの言う話ではないと思いますが。
一人の政治家が、志を持ち首長になったのは、
運でもなんでもなく、目の前の小さな問題を、ひとつづつ丁寧に解決していった先だという側面があるということを
少しだけ覚えておいてくれるといいなぁと思うのです。
「山野ゆきよし」とはそんな男です。
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