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私は一億円です【ショートショート#43】
『私は一億円です』、とA4くらいのダンボールに黒色のマジックで描かれたプラカードを首からぶら下げたオッサンが、目の前にいる。真っ黒なデカいサングラスをかけ、白地に薄い水色の太いストライプ柄のパジャマを着ているオッサンがうんこ座りをして私を見上げていた。
このオッサンの自己評価額が一億円なのか、それとも他の誰かがつけた値段なのか、とにかくオッサンは納得はしているのだろう。その値段が高いのか安いのかは私には分からないが、私は買わない。
私は電気工事士の見習いで、ベテランの先輩について仕事をしている。今日は精神病院での作業になる。施設の人に案内されながら患者がいる病棟を通り現場に向かう。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた向こう側に入るとき、私はいつもわくわくする。閉ざされた世界である。
広間と廊下の間にはクリーム色の鉄格子の壁があり、鉄格子の扉がある。そこを通り抜けるには鍵がいる。私たちを案内してくれている施設の人と先輩工事士はその扉を通り廊下に出たが、私は施設の人に制止され広間から出ることができなかった。彼らは何事もなかったように廊下をどんどんと進み突き当たりを右に曲がり見えなくなった。
私はひとり広間に取り残されてしまった。振り向くとそこには天井からぶら下がったテレビがあり、ワイドショーが流されていた。私は首からぶら下がっている値札が少し斜めになっていたので直すと、一億円では安すぎるかもしれない、一〇億円が妥当なのではと考えた。今度先生に聞いてみよう。
私は壁を背にしてうんこ座りをし、しばらくは一億円で私を買ってくれる人を待つことにした。