ハイキックの少女(仮)①
【小説】
川を下るカヌーからカナダの雄大な自然を捉えたドキュメンタリー番組を見ていたら、テレビ画面が突然ニューススタジオに切り替わり、〈緊急報道番組〉とテロップが大写しになった。
僕は新人作家との会食を終え、帰宅後にビールを飲みながらレティシアの作ってくれたペペロンチーノを食べていた。
レティシアの作る料理はとても美味しい。同じ材料、同じ方法で僕が作ってもなぜか彼女みたいに美味しくできあがらない。それを彼女に言うと「イメージの問題よ」と答える。どうやら僕には美味しい料理をつくるイマジネーションが足りないらしい。
「仕事ではイメージが持てるのにね。きっと、たかが料理くらいにしか思ってないからよ」
「そうかなあ。編集の仕事をしているときとは、真剣さが違うのかな」
「違う違う。ヒーローの仕事のことを言っているの。あなたの闘うときのイマジネーションはすごいと思う」
「あっ、そっちの仕事か。最近、あまり闘ってないから忘れてたよ」
そうだった。僕はダブルワークをしている。普段は出版社で文芸書籍の編集をしていて、有事には政府からの依頼を受け、ヒーローとして闘っている。
レティシアの言う通り、闘いにはイマジネーションが必要だ。敵の能力や行動を予測して、防御と攻撃の方法を瞬時に判断する。闘いの前のイメージトレーニングは欠かせない。
テレビでは、アナウンサーが興奮気味にニュースを読む。画面では最終電車間際の新宿駅構内が映し出され、右肩に〈LIVE〉と赤い文字が打たれている。
ヤツらだ。僕は画面に映るそれらしきヤツをざっと数えた。50人はいる。よく見るとヤツらは誰かを取り囲むよう幾重にもかさなり弧を描いている。
その中心にカメラが寄ると、制服を着た女子高生が襲いくるヤツらを凄まじい速さで次々と倒している。
僕の携帯が鳴った。着信画面に〈対策本部・榊〉とある。
「いま家ね」出るなり榊さんが言う。僕の体にはGPSが埋め込まれていて、どこにいようが政府は居場所を把握している。
「ニュース見ています」
「だったら、すぐに向かって。このままじゃ、あの子もたないから」
「え、あの子って。誰なんですか、あの高校生」
「説明は後。10分で行けるよね」
「はい、すぐに行きます」
電話を切ると、僕はヌンチャクを持ち、マンションを飛び出した。すでに玄関で待機していたレティシアが火打石を僕の背中に浴びせた。今日はちょっと熱かった。
タクシーの中で携帯端末で放送の続きを見ると、ヤツらの数はだいぶ減っていたが、彼女の疲労も相当なものだった。肩で息をしながら、辛うじてキックを繰り出していた。
彼女はどうやらハイキックしか繰り出していない。はじめの内はクルクルと踊るように、小気味良く制服のスカートを舞わせながら一撃でヤツらの後頭部を射抜いていたが、今は疲労で頭まで足が届かずに、決定打を与えられずにいる。防戦の一方だ。このままではそのうちやられる。
タクシーは新宿駅周辺の渋滞につかまった。僕は車を降りて甲州街道の坂道を駅の南口まで走った。
改札の外側には人だかりができていて、報道陣が何組も構内にライトを向け、カメラを回していた。
構内の様子はよく見えない。僕は人垣にわけ入って改札を飛び越えなかに入った。
見えた。彼女は髪を掴まれて、いまにもヤツらの餌食になろうとしている。
僕はデニムの尻ポケットからヌンチャクを取り出し駆けよろうとした。そのとき――
彼女の体全体が青い光に包まれ、怒号を発した。
髪を掴んだヤツの手首をグシャリと握り潰し、周囲のヤツらの首を片端から平手打ちでへし折った。
僕は呆気にとられて止めた足を見つめた。
なんだよ、震えているじゃないか。お前は彼女を助けに来たんじゃなかったのかよ。
その間にも覚醒した彼女は次々とヤツらを倒してゆく。最後の一体にはかかと落としを決めて脳天を砕いた。
50体ほどのヤツら〈ヒトの形をしたココロを持たぬモノ〉が構内に倒れている。そしてその中心に彼女が青い光を発しながら呆然と立ち尽くしている。
彼女は何者か、それはもう十分過ぎるほどわかった。
僕と同じh因子を体内に宿すもの。〈ヒトの形をしたココロを持たぬモノ〉と〈ヒト〉との《あいのこ》。いまの彼女は、後楽園のヒーローショウで僕が〈目覚めた〉ときとそっくりだ。
対策本部の榊さんが知っているということは、彼女も政府と何らかの関係があるわけだ。
僕はゆっくりと彼女に近づき、声をかけた。
「もう、終わったんだよ、わかる?」
彼女の治まりつつある攻撃衝動が反応し、僕を鋭い目つきで睨みつけた。僕はハイキックに備えて腰を落とした。
しかし彼女の右足は筋肉がピクリと動いただけで、攻撃には入らなかった。
「僕はヤツらじゃない。きみの味方だから」
彼女は呼吸を整えるのに精一杯で、僕の言葉に応えることはない。ただ、光る目だけがいつまでも僕を睨みつけている。
後ろから人が近づく気配がして振り向くと、保安警察を引き連れた榊さんがいた。
「ああ、スイッチ入っちゃったんだ、この子。まあ、あれだけの数を相手にしたらしょうがないか」
「誰なんですか、彼女」僕は榊さんに訊いた。
榊さんは鋭い三白眼を僕に向けて「あなたと同じ」とだけ答えた。
「それはわかります。でも、まだ高校生ですよね」
榊さんは胸の下で腕を組み、舌打ちをした。
「それは非難している、と取ればいいの?」
僕は「そうです」という言葉を飲み込んで、「事情を知りたいだけです」と言った。
「説明の義務はないな」と言いながら、攻撃衝動の治まった彼女に自分のジャケットをかけ、「行くよ」と促した。
「待ってください」と近寄る僕を制して、「明日、10時に本部に来て」と一瞥して榊さんは彼女を連れて行った。
辺りでは保安警察がヤツらの亡骸を処理している。僕は異臭の漂う構内から外に出て、甲州街道をもと来た道へと歩いた。
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※全7回、週一回更新予定です。
※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。
『決闘!ヒーローショー』(全3回連載)
tamito
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