一期一会
独身時代のもうずいぶん前の話だが、友達に食事会に誘われた。
友達の職場の大変お世話になった元上司で、定年後自由に暮らしているおじさんの家に、お呼ばれしたのである。
事前に食べたいものを聞かれて、
「肉」とだけ返信しておいた。
そのおじさんの自宅にいくと、ローストビーフがどかんと置かれていた。
おじさんは、
「もう、肉って聞いて困ったよう、なに用意していいかわかんなかったから、とりあえずこれで」
と、困ってるけど嬉しいようなそんな顔をして招き入れてくれた。
おじさんは勝新太郎のような風貌で、今は和やかだが、癖のある人生を送ってきたんだろうなあ、という趣きを感じさせた。
おじさんとわたしの音楽の趣味が大変合い(ジャズとソウルミュージックだ)、意気投合してすぐに仲良くなった。
肉ばかりを食べる姿や、ラファエルサディークのライブDVDに熱狂するわたしに、おじさんは大いに喜んだ。
その後、おじさんとわたしは音楽談義に花を咲かせ、いろいろ話していくうちに、おじさんの私生活の話にもなった。
どうやら奥さんとの間に確執があるようなのだ。離婚してるのか別居してるのか知らないが、とりあえずおじさんは一人で暮らしているのだ。
もういい歳をしたおっさんだけど、背中は意固地になってさみしそうな少年そのものだった。
「素直に謝ってみたらどうですか」とおじさんに言うと、
「そんなことはできないよ」と、意地を張った。
数ヶ月後ふとおじさん元気かな?と思い出し、メールを送った。
しばらくたっても返事が返ってこないなと思ったら、友達から電話がかかってきた。
おじさんが死んで、今からお通夜やねん、ということだった。
結局二度しか会ってないが、別れというのは常に唐突なものである。
少年のように喜んだり、素直になれず苦しみ、孤独な空気をまとった姿が思い出された。
おじさん、謝れんかったままなんかな、きっと、と思いながら、しとしと降る雨を見つめた。
2017.3.15『もそっと笑う女』より