あの人を引き寄せて
昔、「引き寄せ」と言う言葉が流行ったが、漫画みたいな出来事に遭遇したことがある。
それは20年くらい前。友人と梅田のヨドバシカメラに入っているカフェでタルトを食べていた。
なぜか美輪明宏の話になり、彼女は「美輪さん大好きやねん!会いたいわ〜!」と言い出した。私も『ヨイトマケの唄』に涙し、ファンだと話した。
その数時間後。
確かハービスENTの地下をうろついているときだ。
飲食店を物色している最中、視界に金色に輝く何かが入ってきた。
ピカピカと光っていて眩しい。
ピカチュウか?
いや、美輪さんだった。
テレビで見るあの美輪さんが、マネージャーらしき人と少し喋ってから飲食店の中に入って行った。
最初コスプレしたファンなのかと思った。あまりにも美輪さん過ぎたから。友人と顔を見合わせ、半信半疑ながらすぐにその店に入った。
店内は時間帯が早めだったのもあり空いていて、店員の案内する席に向かった。
通されたのは、壁がある席の横だった。
しばらくして、壁の向こうから声が聞こえてくる。話している内容はわからないが、声を聞いて確信した。
向かい合った友人と目を合わせ、唾を飲み込み、声を押し殺しながら喋る。
(隣にいる・・!やっぱり本物や!)
(こんなに席空いてるのに、隣に通されるってすごくない?!)
薄い壁を挟んで、すぐそこに美輪さんがいらっしゃる。
(握手してもらいに行こうかなあ)
(いや、今プライベートな時間だからわざわざ席に押しかけるのは良くない。さっさと食べて、店の前で待って握手してもらお!)
(うん、そうしよ!)
熱々の石焼ビビンバを十分くらいで食べ上げる20代前半の女二人。火傷するかと思った。
汗を垂らしながらお会計へ向かい、お釣りを受け取る際に店員に小声で確認した。
(すみません、奥の席の方って・・もしかして・・?)
すると店員は一瞬静止してから、目力を強め、静かなる興奮を隠しながら(そうです・・!!)と小声で答えた。すごく安っぽいコメディドラマみたいな展開だが、事実である。
暇な私たちは美輪さんが出てくるまで、しばし待った。今考えたら、とても迷惑な女たちだ。
出てこられた瞬間、迷いなく「スミマセ〜ン!」と二人で駆け寄った。
美輪さんは黄金の髪に、カチューシャをして、いつものふんわり柔らかそうなお召し物を着ていた。
「握手してもらってもいいですか?」と聞くと、美輪さんは観音さまのような柔和な笑顔で快く答えてくださった。輝かしいオーラに包まれてる美輪さんに、私はなんて声をかけようかと迷った挙句に「頑張ってください!」と言ってしまった。
梅田でフラフラしてるお前たちよりも美輪さんの方が何十倍も頑張ってる。
そんな軽率な言動にもさすが美輪さん、優しい微笑みで「ありがとうね」と返してくれた。
軽やかに立ち去る美輪さんの後ろ姿を二人で眺めながら、しばらく放心状態になった。
後日調べると、その期間梅田芸術劇場で公演真っ最中で、その休憩中に私たちは遭遇したというわけだ。
たぶん、美輪さんは壁の向こう側で、下世話な顔で石焼ビビンバを必死で食う姿も、完全に浮かれながら出待ちしてる姿も、すべて視えていたに違いない。一歩外へ出れば、こんな小娘たちに囲まれてしまうのだから、有名人は本当に大変だ。
そういえば、美輪さんは黄金色だったが、私はその時、カーリーヘアで白いハンチングをかぶり、ショッキングピンクのセーターを着ていた。
想像しただけで、カラフル過ぎた。