『フィルター不在』
「雑誌を読む人を
電車やバスの中で見かけなくなった
雑誌に短い文章をコツコツと載せ
やがてそれをまとめて一冊の本にして貰って
雑誌ライターだった自分にとっては
なんとも悲しい・・・」
といった 書き出しのコラム
たしかノンフィクションライターの
沢木耕太郎さんだったかと
たしかに電車内で
雑誌や新聞を広げている人は
本当に見かけなくなった
若干の書籍(読書)と
圧倒的なスマホ(もはや中毒!?)
雑誌という媒体は衰退していく中
文春砲をはじめとした
ネットニュース的な拡散の
スピード感は超音速であり
広がり方とボリュームは
尋常ではない莫大さだ
そしてそれらは
ある程度のことさえ守れば
誰でも「何でも」発信できる
メッセージだったり
広告だったりビジネスだったり
“映え”だったり
それらは今や
なくてはならないモノ(認めます)
YouTubeの普及・・・
というか活用の仕方もホント半端ない
手軽さ気軽さリアルさ
性能の良いスタジオもマイクもカメラも不要
素晴らしきことだとは思うのだけれど
ちょっとモヤっとする・・・なんでだろう
メディアの役割
雑誌や新聞やテレビが取り上げることで
狭き門だった『世の中』への入り口が開く
売れる・有名になる・儲ける・流行らせる・・・
それを目指し
そこを通過した者だけが
手にすることの出来た「通行手形」
まるで関所のような存在だった気がする
同時に安心感に近い「お墨付き」
勿論そこには
意図的に操作された虚像や
政治的圧力の存在を踏まえたとしても
「必要だったフィルター」の存在は
上手く言えないが あった気がする
真ん中にいない
恐ろしいまでの情報量を
各自が取捨選択する今
変な色眼鏡がない代わりに
登録者数や再生数や
偏った人の偏った声を
信じ過ぎちゃいないかな?
それって
真実や 本当のトレンドなのかな?
中身よりも
知ってるか否かが
瞬間的な「正解」になってたりして
そんなこんなでふと気づくと
メディアのど真ん中に
もはやTVがいないことを確信
そしてそんな業界と同じように
そこにしがみつく人
そこで作る人や載せる人
それをおだてる人
そもそもついて行ってるフリだけの人・・・
同じ現象が身近にありませんか?
俯瞰して見れてますか?
「てくのろじぃ」って奴を
デジタルという自由な海で
・溺れている人と
・豪華客船に乗ってる人と
・港から離れられない人と・・・
己の立ち位置だけは
確認(認識)しておきたいですよね
でもやっぱり
ソニーグループの年間の純利益が
はじめて1兆円超えたと
少し前の日経記事(2021年7月5日朝刊)
その記事内のコメントで
「成果は業績ではなく
パーパスを定着させたこと」とある
【パーパス】=【存在意義】=【志】
ばりばりのテクノロジー企業の代表が
パーパスを語る・・何だか嬉しい!!
設定に必要不可欠なのは
『MissionとValue』だと言い切る
・・・なんともホッとする!!
ちなみにソニーのパーパスは
『世界を感動で満たす』
大切なものは
いつだって目に見えないニュアンス
・・・天晴れです!!
✓ 真ん中に居たはずのTV
✓ 世の中のフィルター役だったマスメディア
それを経て(こんな時代だからこそ)
真ん中に置いておかねばならないモノは
『パーパスや上位概念』・・・痺れます
「みんなが・・」「行政が・・」「会社が・・」
フィルター不在って
今まで使えたはずの
そういった逃げに近い言い訳が
使えなくなる訳で・・
色んなものが
取っ払われていくというのは
自由に近い「権利」を得る代わりに
一人ひとりが
こだわりと判断基準を
持ち合わせねばならないという
「義務」を負うことも
忘れたくないですよね
決して意固地にならず
柔軟に対応していかねば・・・
心身ともにストレッチして
・・・もう少し しなります!!
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