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【思い出話】RINGO MUSIC FES. 2024に参戦して

2024年9月28日(土)に弘前市りんご公園で開催されたRINGO MUSIC FES. 2024。

オープニングで登壇した(有)リンゴミュージック代表取締役・総合プロデューサーの樋川新一氏が話した「”りんごしかない”を”りんごがあるじゃないか”、”りんごで楽しむ”ことを目指していつか弘前市りんご公園で音楽フェスがやりたかった」という趣旨の挨拶や、今や全国区の人気となった王林の「私が小3で事務所に入ったときは、ボランティアスタッフが3人くらいしかいなくて、こんなたくさんのスタッフと景色が広がる日が来るなんて思ってもいなかった」というMC。

普段はあまり個人的な感想をnoteとして残さないようにしていますが、この言葉たちに感動し心を揺さぶられたのでnoteの記事として残したいと思います。

RINGO MUSIC FES. 2024 ~とまと🍅のタイムテーブル~
オープニング▶アルプスおとめ&リーフ▶多田慎也▶ライスボール
▶Kaede(Negicco)▶GOING UNDER GROUND▶おかもとえみ
▶ジョナゴールド▶一青窈▶二丁目の魁カミングアウト▶C;ON
▶Ourin-王林-▶りんご娘▶グランドフィナーレ

リンゴミュージック全員の思いが込もった手作りのフェス

半年以上前から準備していたと樋川代表も仰っていたRINGO MUSIC FES. 2024。事務所としてもりんご公園としても初の音楽フェス運営となったため、交通整理や会場運営で大なり小なり改善点はあったかとは思います。ただ、そもそも実績のない大きなイベントをゼロから作り上げ運営していく不安やプレッシャーは相当なものだったのではないでしょうか。色んなリスクを承知の上で実現したリンゴミュージックには、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

リンゴミュージックのマネージャーやスタッフ陣・製作陣は、ほかの大手やローカルの事務所と比較しても明らかに露出が多いです。でも、露出が多いからこそたくさんのファンやアーティストの方々に事務所ごと愛されている稀有な存在だと思います。そして、スタッフの皆さんの顔がわかるからこそ、アーティストだけでなくスタッフの熱意を随所で感じることができ、感動がより一層増しました。この、みんなで作り上げる「手作り感・温もり」は、まるでりんごを育てるように手間暇かけて大切に作られた音楽フェスなんだと改めて思いました。

ジョナゴールドがMCで話した「このステージに立つ人たちは、RINGO MUSIC FES. をより良いものにしようという気持ちで集まっている」という趣旨の発言や、GOING UNDER GROUNDの松本素生さんがMC中に「このフェス最高だよ!誇ったほうがいいよ!」と発言がそれを物語っているのではないでしょうか。

繋いだ襷と変わらない信念の集大成

私がりんご娘のファンになって、2024年で19年を迎えました。当時はイベントが月に1~2回程度で、自主興行ライブがPOWER LIVEのみという状況。数少ないイベントでは、ファンが10人もいないときもありました。それでも今と変わらないことは、りんご娘のメンバーはどんなに小さなイベントでも常に一生懸命パフォーマンスをしていました。

りんご娘に限っていうのであれば、結成から24年の中でメンバーの卒業や季節要因でイベントが減少してりんご娘の活動が停滞することはあっても、後退したことはありません。大幅なメンバーチェンジチェンジがあっても決してチームりんご娘の魂は途絶えることなく次の世代へと受け継がれ、活動の幅がステップアップしてきました。また、王林もMCで言っていたように、はじめはりんご娘だけだったグループがアルプスおとめ、ライスボール、リーフと増え、今やソロで活動するメンバーも現れたほどの事務所となりました。

卒業に伴うメンバーチェンジの中でも、この24年間変わらずに在り続けたのは樋川代表・由佳子夫人の存在とりんご娘発足当時に掲げた信念だと思います。はじめは誹謗中傷も受けたと、リンゴミュージックの歴史をまとめた著書「この街で夢をかなえる」や数々のインタビューでも樋川代表は語っていらっしゃいますが、樋川代表の変わらぬ思いと行動力に共感した方々が周りに集まり、今や大手事務所にも負けない個性的で強力なチームになりました。

一般的にはどうしても大きな成果を残したタイミングやメンバーがフィーチャーされがちですが、リンゴミュージックに関わった全てのメンバーとスタッフが繋いできた24年間の集大成がRINGO MUSIC FES. 2024だったのではないでしょうか。

あとがき~想像もしていなかった未来~

冒頭でも記載した樋川代表や王林の言葉には、書き表せないほどのたくさんの思いが込められていたと思います。ステージで王林が「Dear My Friend」をパフォーマンスした際、途中涙ぐむシーンもありましたが、青森県のためにアルプスおとめ▶︎りんご娘▶︎ソロと活動してきた彼女だからこそきっと色んな感情が込み上げてきたのだと思います。

そして、フェス当日はもちろん、設営期間~撤収までの約1週間、9月の青森で雨に降られなかったのは奇跡としか思えません。きっと、岩木山の神様も味方してくれたのでしょう。

最後に、どんな言葉で表現してもマウントにはなってしまいますが、私は樋川代表や王林の言葉に共感できて、同じ景色を思い出せることが幸せでした。大好きなりんご公園でこんな素敵な音楽フェスに参戦する未来が来るなんて思ってもいませんでした。これからも、一生をかけてリンゴミュージックを応援していきます。


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