【りんご娘メンバー評】王林(2代目)
りんご娘を卒業してから、全国放送のテレビ番組や各種イベントにCMと引っ張りだこで、観ない日がないんじゃないかというくらい大ブレイクしている王林。
僕は、王林がアルプスおとめ 斉藤としてデビューする前から見守っていたので、古参も古参なんじゃないかってふと気がつきました。まさかここまでになるとは思ってませんでしたけど・・・
それと同時に、きっと王林のメジャー化に伴って「王林の昔ってどんなだったの?」「あのキャラは作ってるんじゃないの?」「ネットでいろんな噂を目にするけど」という風に感じてる方も多いでしょうし、そんな方々が僕のnoteにたどり着く可能性もあります。
なので、逆手にとって王林は昔からすごいんだぞ!ということを、ココにしっかりと記しておきたいと思います。
■プロフィール
品種名:王林(2代目)
生年月日:1998年4月8日
出身地:青森県弘前市
■活動経歴
2007年7月
弘前アクターズスクールプロジェクト オーディション2007夏に合格
2007年9月9日
アルプスおとめ 斉藤としてデビュー
2010年4月1日
アルプスおとめ 3代目リーダーへ就任
2013年4月1日
りんご娘へ第7期メンバー 王林(2代目)として加入
2016年春
りんご娘 リーダーへ就任
2017年10月15日
ラストアイドル内2ndユニット「Good Tears」へ加入、りんご娘と兼任
2018年6月30日
Good Tearsを卒業、りんご娘選任へ戻る
2022年3月31日
りんご娘を卒業し、芸名はそのままにソロ活動へ移行
2007年:王林を初めて見た日
僕がデビュー前の王林(斉藤)を観たのが、2007年8月に青森市ラ・セラ東バイパスショッピングセンターで行われた24時間テレビ in あおもりのライブ。青森林檎の白いTシャツを着た、後のアルプスおとめ 斉藤と小林が当時りんご娘.メンバーのジョナ&レットに交じってりんごのキモチを踊っていたのを観たのが最初でした。
その当時、りんご娘.は「りんむす.きっず」という名前で、イベント毎にりんごのキモチを一緒に踊る子(~小学生まで)を募り、前で一緒に踊っていました。その中に交じって踊っていた斉藤さんですが、明らかに扱い方が違ったのでオーディション合格者なんだなということがすぐにわかりました。
はじめてイベントに出演してから1ヶ月後の2007年9月9日、弘前市土手町蓬莱広場にて毎年9月に行われるカルチュアロードにて、アルプスおとめ 斉藤としてデビューします。
▶アルプスおとめ 正式デビューイベントです。
その後も、POWER LIVE 2007への出演やドスコイ金星のMV出演など、アルプスおとめとしてのキャリアを着実に積んでいきます。
▶りんご娘.ドスコイ金星 MV
2010年~2012年:アルプスおとめ時代もメンバーにたくさんの愛を注いだ人
加入当初から可愛らしいビジュアルでファンからの人気も高かった斉藤ですが、2010年4月からはそれまでアルプスおとめのリーダーだった工藤から引き継ぎ、3代目リーダーとしてアルプスおとめを引っ張ります。
ドジで天然のイメージが強かった斉藤だったので、リーダーであることが判明した際ファンは驚きました(ちなみに当時後輩メンバーには年上でしっかり者の鈴木というメンバーもいました)。
しかし、メンバーを想い、グループを想い、深い愛をもって引っ張っていくことのできるリーダーであった斉藤さんに対するメンバーの信頼は厚く、2012年11月21日にはグループ初のオリジナル曲「ニジイロリンゴ」をリリースします。
それまで、りんご娘の練習生グループとして留まっていたアルプスおとめがリンゴミュージック所属の1グループとして確立するのに、斉藤はリーダーとして貢献したのでした。
▶2013年、アルプスおとめが台湾でイベントを行った際の佐々木さん誕生日サプライズの動画、斉藤さんのメンバー愛に溢れています
続いては、りんご娘加入後の王林の活躍について、いくつかピックアップして紹介したいと思います。
2013年:待望のりんご娘昇格
2013年3月31日、当時りんご娘メンバーであったレットゴールドと金星(2代目)の卒業ライブが土手町コミュニティーパークにて開催され、翌日からの新メンバーとしてアルプスおとめ 斉藤の昇格、王林としての加入が発表されます。
当時、身長も急成長しときと肩を並べるまでになっていたため、りんご娘への加入が確実視されており、また2007年9月から約5年間アルプスおとめとして活動してきたことから待望のりんご娘昇格でした。
ただ、びっくりしたのはとき&王林の2名体制になるということ。歌唱力がピカイチであった一戸+小林 or 佐藤が加入し4名体制になると思われていたため、ファンは発表の際にザワついたことは言うまでもありません。
信じられないかもしれませんが、歌唱面ではお世辞にも上手と言えなかった2人はルックスと高身長を活かした、ビジュアル重視でのりんご娘としての活動に重きを置いて活動することになるのです。
2014年:DIVA王林、覚醒
2013年4月、りんご娘がとき&王林体制になった際、当時のファンからしきりに言われていたことは「歌えないメンバー2人になってしまった」ということ。
当時、ときも王林もそれぞれのグループでは歌唱メン扱いはされず、他に歌がうまいメンバーに囲まれ、ソロパートはほとんど与えられていませんでした。よって、「彼の軽トラに乗って」や「JONKARA」、「A.D.D」といった難易度の高いオリジナル曲を歌うことを封印されてしまいます。
そんな状況もあって、2013年頃から外部のボイストレーナーに歌唱指導してもらうようになり、今まで歌う機会の少なかった2人が歌唱面を強化し封印されたオリジナル曲を少しずつ解禁していきます。
中でも、2人による披露が待ち焦がれていたのがオリジナル曲の中でも大人気曲「JONKARA」。レット&金星卒業前にはどのイベントでも必ず歌われ、歌い収めなんじゃないかというくらい歌われていましたが、当時ときのソロパートはありませんでした。
2013年4月から2人体制になり頻繁に「JONKARA」のレッスンは行っていたようですが樋川代表からOKが下りることなく月日は流れ、1年半の時を経て
りんご娘&アルプスおとめ POWER LIVE 2014の2日目で「JONKARA」を解禁します。この日、王林はDIVAとして覚醒しました。
このPOWER LIVE 2014は2daysとなっており、2日目がりんご娘として久しぶりの単独ライブとなり”りんご娘としての全力を見せる”という意気込みを、各イベントや公式ブログでも発表していました。また、物販での会話でも「JONKARA披露するので期待していてください!」と宣言していたので、ファンの期待も膨らんでいました。
実際に披露された内容は「A.D.D~GIVE ME POWER~JONKARA~Fly High」という驚愕のメドレーで解禁することになり、当時のファンは2人の努力によって勝ち取った「JONKARA」の復活に涙することになったのです。
そして、この時点で王林の歌唱法は明らかに変化しており、線が細く裏返ることも多かった歌が力強くビブラートも操れるようになり「王林が覚醒したことでダンス&ヴォーカルユニットとしてのりんご娘が復活した」とファンは歓喜しました。
2016年:りんご娘リーダーに
時は流れ2015年9月30日、りんご娘へ第8期メンバーとなるジョナゴールド(2代目)と彩香が加入し、俗に言うFOURs期のメンバーが揃います。
第8期加入当初は、りんご娘在籍年数が長かったときがキャプテンとしてりんご娘を引っ張っていくという発言をしていましたが、2016年春頃からリーダーが王林へ変更となりました(愛踊祭2016の密着番組内でリーダーの王林という紹介があったため、2016年春頃にはリーダーが変更になったと思われます)。
実際、リンゴミュージック在籍年数としては王林が序列トップであったため、特に大きな違和感はなかったです。ここからリーダー王林、裏番長とき体制が確立するわけですが(笑)
王林はおっちょこちょいで抜けているところがあるのは昔からなのですが、天性の愛され力と楽しませるためにはどうすべきなのか客観的に考えられるところが彼女の大きな魅力でした。そこに、リーダーとしてりんご娘を引っ張っていく責任感が加わったことで、りんご娘というグループをどう魅せていけばメジャー化できるのか、王林として何ができるのかを考え実行し続けたことで、大きなチャンスを掴むこととなります。
ちなみに、しっかり者のJがメンバーになったことにより、しっかりしようとしていた王林の緊張感がいい意味で解け、MCでぶっ壊れ始めます(もう1人ぶっ壊れた姉さんがいましたが笑)。
2017年:王林、東京進出
愛踊祭2016の優勝によりご褒美として制作され、2017年3月29日にリリースされた16th Single「Ringo star」では渋谷・秋葉原にてリリースイベントを行い、りんご娘として東京へ進出しました。
ほどなくして、2017年8月20日テレビ朝日系列にて放送された「ラストアイドル」にて、パフォーマンスバトルの初回挑戦者として出演します(この辺は愛踊祭2016の主催がテレビ朝日だったことによるブッキングと思われます)。
バトルでは敗退してしまうものの、2017年10月15日ラストアイドル2ndユニット「Good Tears」に加入することが発表され、りんご娘と兼任することになりました。
ここで、秋元康さんプロデュースのもとでアイドル活動を経験すると同時に、東京のメディアや関係者とのコネクションができたことが、今日の活躍のきっかけでしょう。
2018年:青森とりんご娘を背負う決意
2017年以降、りんご娘は定期的に新曲のリリースができるようになり、ワンマンライブも成功させるなど活動の場が広がってきました。一方、Good Tearsでの活動との兼任により、りんご娘の活動に穴をあけることも増え始め、当時・現役大学生でもあった王林は兼任の難しさに直面します。
この時期、樋川代表もりんご娘の卒業を後押ししたと言われていますが、”りんご娘のために東京でがんばる”と決めていた王林にとっては、りんご娘の専任に戻るという選択肢に迷いはありませんでした。
正直、全国進出とよりメジャー化できるチャンスが目の前にある中で、よくりんご娘専任へ戻ってくれたと思います。この兼任の経験が、よりりんご娘と青森県への愛が深まり、発信していきたいという思いの原動力につながったのでしょう。
今の活動にも通じる彼女の考え方の源流は、きっとアルプスおとめ時代に背中を見ていたジョナゴールド(初代)とレットゴールドの影響が大きいでしょう(アナザースカイでも語られていましたが)。
ジョナ&レットは5年間活動を続けたことにより、業界からもセミプロとして見られていたりんご娘というグループをプロのアーティスト・芸能人であるという認識に改めさせ、行政でのイベントやテレビ番組のレギュラー出演など青森県内での地位確立に大きく貢献した、偉大なるメンバーです。
りんご娘になること、リンゴミュージックで活動することの意義や仕事に取り組む姿勢について先輩たちの後ろ姿から学び、王林の努力と才能で大きく開花させたのです。
また、ラストアイドルで経験したことをりんご娘にアウトプットしたことが、りんご娘のパフォーマンスや表現が飛躍的に向上するきっかけのひとつになったと思います。
2022年:りんご娘卒業による大ブレイク
2022年2月9日(通称:2.9事件)にて、当時りんご娘メンバーだったとき、王林、ジョナゴールド、彩香の4人の卒業が発表されます。
王林本人も「りんご娘をこのメンバーで続けたかった」と発言しているように、ファンの皆さんもとても残念なキモチになった方が多かったのではないでしょうか。
僕はそのとき「王林、めちゃくちゃ忙しくなるんじゃないか」と少し違った感情を抱いていました。りんご娘の活動と東京のバラエティ番組出演を掛け持ちしていたときは、どうしてもスケジュール的に受けきれないことが少なくはなかったんじゃないかと思います。
りんご娘在籍時から全国でのバラドルとしての地位を確立していったので、りんご娘卒業によってソロ活動メインでの王林の活躍が楽しみでした。2022年現在、彼女をテレビで見ない日は無くなりました。
王林のすごいところは、あくまでも青森県や弘前市のプライドをもって全国番組へ出演し、魅力を大爆発させているところ。ローカルアイドルやタレントでご当地感を強く押し出して活躍する芸能人は、あまり多くないはずです。
彼女はりんご娘時代に関わった青森県の企業や生産者、各地域の魅力や人々の思いを王林というフィルターを通して、全国へ発信し続けているのです。