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念願のオンライントーク会で、起きた悲劇

某アイドルグループを12月から推し始めた私は、1月の終わりにファンクラブへ入会した。

そして春先に購入したニューシングル、通常盤・A盤・B盤の3つのうちの一つには、ものすごい幸運が宿っていて、

「オンライントーク会」という、『特定メンバーとビデオ通話を30秒間できる特典』に当選してくれたのだった。(CDについている応募券で応募する)

そんな嘘みたいなイベントの存在は知っていたし、嘘みたいなイベントを実体験したファンのレポも読んだことがあったが、よもや自分が当事者になるとは。

私はあまり運がよいほうではない。懸賞もはずれるし、ガラガラも白い玉しか出たことがないし、好きなラジオにメールを送っても一度も読まれたことがない。

そんな私が推しと話せる権利をファン歴わずか4ヶ月で手に入れただなんて…。

正直全く現実味が感じられないので、オンライントーク会がやってくるまでの間、Twitterで自主連載を始めることにした。

1話目はそこそこいいねがついた。

コミチというサイトにアップしたものには、深谷陽先生のコメントをもらえたし、5月上旬にはマンガ専科6期・和久さんのスペースに呼んでいただき、この件に関して話をする機会を与えてもらった。
そして最終話前のエピソードには、漫画ソムリエ・東西サキ先生のコメントがついていた。

それなりに着々と支持されているような気がする我がエッセイに、「最終話はもしかしたら伸びるかもしれないな」という期待を抱き始めていた。

ここまで読むと、まるでマンガのネタの為だけにオンライントーク会に参加するような印象を受けるかもしれないが、神に誓ってもそんなことはない。

具体的なグループ名を出せないので伝わりにくいかもしれないが、私は推しグループのことも推しメンのことも本当に大好きで、熱狂している。

どのくらい好きなのかと言えば、「スマホの待ち受けにできないほど好き」だ。
顔を定期的に見ていられないほどの深い愛なのだ。ああそうですか。


だから、当日の朝はとにかく緊張していた。

Twitterの推し活アカを開き、本日同じ幸運を持つ人たちのつぶやきを見たり、「質問内容が決まってないんです」という私の弱気なツイートにアドバイスをもらったりして、午前はあっという間に過ぎていった。

そして昼食も取らず、専用アプリ入室の30分前になった時、私はなぜか「カンペ」を作り直していた。

カンペとは、オンライントーク会の重要アイテムで、万が一音声トラブルが起こったり、緊張で声が発せなくなった時に役立たせる、推しへのメッセージや質問を記したA4〜B5くらいの紙である。

オンライントーク会は3部に分かれており、私は第3部だったため、すでにTwitterでは素晴らしいひと時を終えた人々の興奮と熱気に満ちていた。

その折に、うっかり見てしまった皆の使用済みカンペが、華美で工夫を施されたものばかりだったから、簡素な自分のカンペのリテイクを決意したのだ。

これ以上ないほど手が震えていたが、今まで培った雀の涙ほどの力を発揮して、挿絵までつけた。文字もメンカラ(メンバーカラー)にした。化粧も済ませたし髪も固めた。女子力の高めのインナーを纏い、(テレビ電話なので胸元までしか映らないが)他所行きのスカートも履いた。

準備は万端だった。

実録マンガより


「初めては、上手くいかなくて当然ですから、せめて名前を呼んでもらうことと、質問に答えてもらえることだけを、クリアしてくださいね」

経験者の説得力のある言葉を思い出しながら、無事に本人確認(スタッフの方に身分を証明するものを見せる行為)を終えた私は、星のカービィのぬいぐるみを胸に抱いて待機していた。

画面に映る『しばらくお待ち下さい あと○人』の表示の向こう側は、マジックミラーのような仕様となっていて、スタッフが常にこちらをチェックしている。

スマホを少しでもいじると、録音や録画を疑われるらしいので、気持ちを落ち着かせる代わりにピンクの悪魔の力を借りていた。

30を過ぎてぬいぐるみを抱くという行動は怪しこそすれ、不正行為ではないため注意されることはない。

『あと○人』というカウンターがどんどん減っていく。たった30秒だから当然だが、気持ちが全く追いついていない。

3人…2人…となった時「次の次だ…」と思わず声が出た。

その刹那ついに「1人」となり、瞬きする間も無く画面が変わった。


推しだwwwww推しがいる…!!

想像以上にドアップだった。米のマグショットくらいの距離だと予想していたのに…これは直視できない。

私は仕方なく、推しの額と鼻筋に目の焦点を彷徨わせながら、「こんにちは」と挨拶した。

すると向こうからも「こんにちは」と聞こえてきた。こんにちはだってwwwという喜びを噛み締める暇もなく用意したカンペを提示した。

ここで、画面に近寄りすぎてカンペが見えない、というピンチがあったが、座椅子を一歩後ろに下げたことで解決した。この機転は普段も効かせたいものだ。

ちなみにカンペは二つあり、最初に掲げたのは「あだ名を考えてほしい」という内容。

「う〜ん」と考えながら、推しは「はるはる」というあだ名を絞り出してくれた。

日頃応援しているアイドルが、自分にあだ名をつけてくれるだなんて、そんな出来事がこの世にあっていいのだろうか…。

はるはる…なんて可愛いあだ名をつけてくれたんだ。一生の宝物にしよう。寧ろ改名しよう。改名したらあだ名じゃなくなるけど。

色んな想いをめぐらせながら、震える声でなんとか「ありがとう」と伝えた。

その時、推しの映っていた画面が、待機中に見ていたアプリ画面に切り替わる。

あれ…終わった?30秒経ったのか…?

いやそんなはずはない、カンペの件で多少ロスしていたけど、まだ15秒くらいはあるはず…。

一体どうして…と思った瞬間、「ギィィィィ」という錆びた蝶番の音が後方より聞こえた。

振り向くと、スマホを片手に持った母親が、半開きのドアからこちらを覗いていた。


オンライントーク会は、普段映像でしか拝むことのできない憧れのメンバーと会話することができる夢のようなイベントだが、その裏にはいくつかの厳しいルールが存在し、破れば即通信を切られ、下手すればブラックリストにその名が刻まれる。

そのうちの「録音・録画の禁止」と「複数人での閲覧禁止」という、一つ犯しただけでも結構重罪であろう行為を、今回ダブルでやってのけた、うちの母。

「もぉぉぉぉぉ考えられな〜〜〜〜〜い!!!!」

普段温厚な私だが、流石に叫び散らした。IKKOさんのような雄叫びだが、温厚なのでこれが精一杯だった。

母にはこのオンライントーク会の当選メールをもらった時に、くれぐれも覗いたりしないよう早々に釘を刺していた。もちろん当日も「絶対見てはいけない」と噛んで含めるように言って聞かせたのに…。鶴の恩返しの鶴の気持ちが、痛いほどよくわかる。しかも、鶴より厳しく言ったつもりだった。

母もこんなことになるとは思っていなかったようで、珍しくしなしな状態になったが、数分後には「縁がなかったのよ…」と母なりの慰めの言葉を私の傷口に塗ってきた。

縁か…と考えながら、しばらく部屋で横になり天井を眺めた。

自室は2階なので、床に寝転ぶと「何という可哀想なことをしたんだ」と80の祖母が還暦前の母を怒っている声が聞こえた。
かと思えば、「まあでも、その人も良かったんじゃない、トイレとか行けて」と誰に対して送っているのかわからないフォローが聞こえた。トイレなんて行くわけないだろぉぉぉぉぉ

もうめちゃくちゃである。何もかもが。


こうして、初のオンライントーク会は第三者移り込み及び撮影未遂(母曰く撮ろうとした瞬間に切れたらしい)によって強制終了という世にも悲しい結末となった。

翌朝、つい開いてしまった推し活アカ(Twitter)では、「オンライントーク会の次の日は肌の調子が良い!」という喜びのツイートばかりが流れていた。

一晩一睡もできず身も心もボロボロになった私には、それが一番こたえたのであった。

やっぱり、ファン歴4ヶ月でオンライントーク会は、ちょっと早かったのだろうか。



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