《54》愛情を惜しみなく注ぐ
「愛情を惜しみなく注ぐ」
10年以上前、ある時の合宿でテーマになった。
今よりも更に未熟で経験も少なかった私は、テーマの意味も分からず話すことが何も浮かばなかったので、参加者の皆さんの話、それに対する創始者の話を黙ってきいていた。
ふうーん、、そういうものかぁ・・・とぼんやりながらも、事あるごとに「愛情を惜しみなく注ぐ」という言葉を思い出す。
今もそう。
ああ、これも愛情、これも愛情だったんだな、と気付くことが最近多い。
自分は出し惜しみなんてしていないような気がしていたけれど、全然そんなことなかった。
ちょっとした挨拶、ちょっとした笑顔、ちょっとして連絡、ちょっとした贈り物、ちょっとした手間隙。
ちょっとのことがめんどくさくてやらなかった。
「めんどくさい」という言葉や姿勢に対しても、創始者は常々、厳しく注意をしていた。
アクティベーターの中では「めんどくさい」はもはや禁句状態で、それが習慣になり、私はめんどくさいという言葉を口にしなくなった。
けれど、口にしていないだけで、日頃の行動の中で「無意識レベルのめんどくさい」が、まだまだ、たくさんあった。
上から創始者を通して「意識を高めることを謙虚とせよ」というメッセージが来たこともあったことを思い出す。
慢心や傲慢は、巡り巡って自分に返ってくる。返ってきてはじめて気付くことの、いかに多いことよ。
惜しみない愛情とは、ちょっとした努力とイコールかもしれない。
特別な時だけ頑張るのではなくて、日常のちょっとした気遣い心遣いに気をつけよう。