小説のタネ#2 金木犀の盆栽

3年前、春先に訪れたフリーマーケットで偶然、桜の盆栽を売っているお店を見かけた。

朝、目覚める。
リビングに行く。
テーブルには桜の盆栽がある。
桜のあるリビングで飲むコーヒーはさぞ美味しいに違いない。

私の夢は瞬く間に膨らんで、その場で桜の盆栽を購入した。5000円ほどだった。
50歳くらいの店主が「冬は2日に1回、それ以外の季節は1日1回お水をあげてくださいね」と教えてくれた。

花のある生活というものは心になんらかの作用が働くようで、早起きが習慣になった。
自分だけの桜を眺めながら飲むコーヒーは美味しかった。

桜が散ってしまっても、次の年の桜が楽しみで、毎日水をあげている。


秋になると、金木犀のいい香りが散歩道を彩る。
金木犀の近くで思いっきり深呼吸をすると、自分の中に何らかのエネルギーが充填される気がする。

そこでふと、金木犀の盆栽ってあるのかな? と思い検索してみた。
あるじゃないか、金木犀の盆栽!
さっそく注文し、待つこと数日。金木犀の盆栽が到着した。

段ボールを開けた瞬間、あの爽やかな匂いが一辺に広がる。
もちろん、自分だけの金木犀を見ながら飲むコーヒーは美味しかった。

リビングのテーブルには桜と金木犀の盆栽。
こうなると夏の花と冬の花の盆栽も欲しくなる。

夏の盆栽は紫陽花にすんなり決まった。
冬は、十月桜という、12月ごろに花を咲かせる桜の盆栽を買うことにした。

リビングに盆栽のある生活は3年ほど続いた。
3年ほどたった秋、ふとテーブルの上が狭くなったように感じた。
感じたのではなく、実際に狭くなっていた。
買った当時は30センチほどだった金木犀が、1メートルほどある立派な苗木に成長していた。
盆栽ではなく、鉢植えの域だった。

夜中、スコップと金木犀の苗木を抱えて近所の公園に向かった。
植え込みの、なるべく目立たない位置にこっそり植えさせてもらった。

その後も金木犀は順調に成長を続け、今ではすっかり公園に溶け込んでいる。
今でも秋になると、公園で遊ぶ子どもたちや談笑するサラリーマンを見かけては「私が植えた金木犀、いい仕事してるでしょ」と思ったりする。

かつて金木犀がいたリビングには、紅葉が代わりに鎮座し、これもまたコーヒーのいい引き立て役になっている。

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