【レポートリリース】子どもを産み育てる社会構造に関する調査分析レポートを公開しました
時間が経ってしまいましたが、昨年参画していた「ムーンショット型研究開発事業新たな目標検討のためのビジョン策定(ミレニア・プログラム)」(通称:ムーンショット・ミレニア)の中で書いた社会システム分析レポートをアップしました。
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この記事では、レポートの公開に際し、レポートの背景と概要を佐竹よりご紹介します。
1. 本レポート作成の経緯
今回参画したのは、東北大学特任准教授吉田慎哉リーダー率いる「子孫繁栄社会構築チーム」。チーム名からは、「出生率を向上させたい」という意図を持っているように見えるかもしれませんが、私たちのテーマはそれとは少し趣が違っていました。自然と子どもを授かりたいと思えて、子どもが授かりたいと思えた人たちが実際に授かれて、変に背負ったり頑張ったりしなくても、本来人が求めるあり方でより豊かに子育てができる社会とはどんな社会なんだろう、そんな社会を築くためには、今後どのような研究をしていけばよいのだろうという問いが、常に中心にありました。
そんな素朴な問いに愚直に向き合いながら、実感のこもった体験談と泣きごとと憤りとサイエンスとの間を行ったり来たりしながら研究テーマを探索し続けた約8ヶ月間。私は社会システム担当として、遊び心溢れる広大な探索空間をメンバーのみんなと楽しみつつ、議論やワークを組み立て、最後には議論した結果を引き取って構造として描ききる役割を担いました。
チームの報告書はすでにこちらに公開されているし、記憶に残る仕事ではあったけどもう過去のもの。だから当初は、チームに納めたレポートに簡単な紹介文を添えてそのままアップしようと考えていたのですが、最終的にはレポート単体でより意図が伝わりやすいものとなるよう全体に手を入れ、はじめにとおわりに、そして、考察としてささやかな章を加筆しました。
また、今回の分析では、因果ループ図というシステム思考の代表的なツールのひとつをフルに活用して社会構造を可視化しています。因果ループ図は、大学院時代にその有用性と美しさとを目の当たりにして感動を覚えて以来、多くのプロジェクトで頻繁に活用しているツールです。仮説やメンタルモデルを図式化することができるので、社会構造だけでなく、自己や集団の行動パターン、行動を誘発している要因や背景にある構造なども分析することができます。人の心に寄り添えるのにサイエンスにもなり、精緻化していけばシミュレーションにも使えるスグレモノ。
ご興味のある方はぜひ『社会変革のためのシステム思考実践ガイド――共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する』(デイヴィッド ピーター ストロー著, 2018)をお読みになってみてください。素晴らしい本です。
2. 分析結果の概要
さて、肝心の分析結果ですが、妊娠、出産、子育てに加えて貧困も視野に入れた調査だったので、ステークホルダーがやや多く、因果ループ図も少々込み入ったものになっています(図1)。
この因果ループ図には大きく3つの領域が存在しています(図2)。
右手の紫の部分が、国と(妊娠出産の観点で適齢期の)国民にとって重要な変数群。これに、企業もステークホルダーとして取り上げ、労働力と人口の再生産力の両方を求められている層──妊娠、出産、子育ての現役世代──を取り巻く構造を可視化しています。
左下の水色の領域は、主に貧困家庭と彼らを支援する取り組み(自治体等)に関する変数で構成されていて、本レポートでは、チーム内の担当メンバーの皆さんがリサーチと議論を重ねた結果を構造化しています。左上のピンク色の領域は、前述のふたつの領域双方に密接に関わる変数群が成すエリアで、変数としては、「家庭が持つ地域におけるつながりの質と量」「育児体験を相対化する機会(他者の経験から学ぶ機会)」などが入っています。
レポートの中では、因果ループ図を更に分解し、各パート、各ループ(循環)ごとに順を追って解説しています。
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3. 国と国民との「予期せぬ敵対者」の構図を、ほどき編み直していく
今回描いた因果ループ図のうち最も基本的で重要な構造は、国と国民とが成す「予期せぬ敵対者」というシステム原型でした。「予期せぬ敵対者」とは、それぞれが自らのためによかれと思って取っている行動が結果的にシステム全体の成功を妨げているという、悲しい悪循環のストーリーを持つ構造です。
本来であれば、国と国民が「予期せぬ敵対者」の構図から抜け出しwin-winになれるようにどうすべきか──という問いに対する解を検討する必要があるわけですが、今回のプロジェクトでは、方針として制度政策を検討のスコープ外としていたこともあり、それらの領域に関する詳細な分析は行いませんでした。その代わり、それ以外の観点から、社会システムと科学技術によるソリューションの方向性を探り、ビジョンとして掲げることにしました。いわば、「予期せぬ敵対者」同士でありながらも傷口を小さくできるようなアプローチを模索するに徹したわけです。
結果的にこれは、リアリティを伴う優れたアプローチだったと、今になって思っています。
大きな流れは変えられない。でも改善はできる。そのような場面が、私たちの社会には数多転がっています。「自分たちになりに介入するとしたら、一体どこにどのように介入すべきなのだろうか」という等身大の問いを、いわば「全体思考」で検討する。そうした分析と思索との試みが、今回のレポートに刻まれています。
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4. 2050年が、人本来のよさがより活かされる未来であるために
みなさんは、2050年の日本社会、あるいは日本社会を取り巻くこの世界が、どのような社会だったらよいと想像しますか?
このチームの調査結果はムーンショットの新たな研究テーマに選ばれることはありませんでしたが、チームメンバーや関わってくださった多くの方たちも、2050年の日本が、今より人本来のよさが活かされ、多くの人にとって自然と心から子どもを望むことができるような、そして、子育てがより穏やかで心満たされうるものになるような社会になってくれることを、心から願っているのではないかと思います。
私自身、2-30代の頃は「子どもは3人ほしい」などと暢気に願い口にしながら、都会での仕事と子育ての忙しさ、あるいは私自身の性格や体質、夫婦の相性からか、夫婦でのそれなりの努力に加えて40歳手前で不妊治療を行ったものの、結局二人目の出産が叶わなかった経験があります。多くのタイミングにおいて、子どもを授かるための活動よりも他の何かを優先したのは、基本的には、もちろん自分自身や私たち夫婦の選択だったわけですが、それでもその背景には、そのような選択を促したコンテクストとしての社会が存在しています。
異なるコンテクストに生きていれば、私のような眼の前のことに集中して突っ走りやすい体質の人間であっても、もっとおおらかに、あるいはもっと賢く、子どもを望み、授かるために心や時間を割いて、より多くの子どもを産み育てることができたかもしれない(もちろん、そうはならなかったかもしれませんが)。何が私たちに今に至る種々の選択をさせてきたのだろうか、その背景にある社会構造とはどのようなものなのだろうか──。そんな問いに応えるようにして、本レポートの中では、現役の出産・育児世代を取り巻く社会構造と、それにより促される個々人へのメンタル面を含めた影響について、様々なデータやメンバーの切実な言葉を丁寧に拾いながら紐解いたつもりです。
このプロジェクトに参画して私自身が得た最も大きな収穫は、領域を異にするメンバーが集いリサーチを重ねた上で、最重要だと再認識されたが、「近隣住民間のつながり」、そして、その中で生まれる生々しく地続きな「自己の相対化」という、”たまに”が活動の中で最も大切にしているテーマと合致していたこと。プロジェクトの中で、メンバーのみなさんが「自分たちに起きているのはまさにこれだ」と感じられるモデルを提示するところまでなんとかたどり着けたこと。そして何より、そうした課題や価値について、腹を割って論理的かつエモーショナルな議論を重ねられる多くのメンバーと出会えたことでした。
この記事をお読みになり、少しでもひっかかるものがあるようなら、ぜひレポートを手にとって、ページを捲ってみてください。きっとあなたにも、「自分に起きているのはまさにこれだ」と感じていただけるような社会の断片が描かれているのではないかと思います。もしそうであったなら、そして、この小さなレポートが幾ばくかでもあなたの力になれるなら、私にとって、これ以上ありがたく、嬉しいことはありません。
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文:佐竹麗
イラスト:斉藤重之