【百線一抄】038■谷と前とうずしおとー鳴門線
Yの字を描くように一本の線路が枝分かれして二つのホームが鎮座
する池谷駅。ホームは屋根のない跨線橋でつながり、真ん中に設け
られた階段が駅の出入口となっている。橋上では駅周辺が一望でき
る。見晴らし良好。ここで高徳線が西へ、鳴門線が東へと進路をと
るが、直線の割合が最も多いのは支線にあたる鳴門線の方なのだ。
見た限りでは変哲のない短距離のローカル線だが、その来歴は想像
を超越する。ルーツは撫養と池谷を結び、やがて吉野川左岸に出れ
ばそのまま河口側へ向かう路線として開業したものとなる。徳島の
主立った施設群は吉野川右岸にあるが、開業当時は連絡船によって
物や人を運んだ。昭和に入りのちの高徳線が南進し、従来の線路網
は高徳線を軸としたかたちに整備された。吉野川に橋が架かると自
ずと航路は不要となり、左岸沿いの線路と連絡船は廃止となった。
地の利の面ではもとより道路の方に分があることもあって、状況は
芳しいものではなかった。来歴を同じくする内陸の鍛冶屋原線が幕
引きを迎える一方で、通勤通学客の利用が増えたことで現在までき
ている。ただ、他地域と同じように利用者減少は続いており、JR
四国本体の経営事情からも決して楽観できないと懸念されている。
一駅ごとの距離が比較的短いだけでなく、ふと駅名に着目してみる
と、興味深い傾向が見えてくる。一つは偶然の産物といえるが、谷
の付く駅が連続で二つ並び、前の付く駅がこれも連続で二つ並ぶ。
池谷と阿波大谷は「いけのたに」と「あわおおたに」で少し読み方
の違いがある。後者はその名称の施設である教会と金刀比羅神社が
近くに所在するのが特徴で、旧国鉄らしくない駅名と合わせた個性
の一つといえそうだ。なお、教会とは天理教の教会のことである。
大鳴門橋が近くにありそうな気がする鳴門線だが、あいにくながら
終端の鳴門駅は市街中心部に位置しており、相当の距離がある。歩
くことができる範囲で調べると、神戸淡路鳴門自動車道に隣接して
もう1本つり橋が並んでいることがわかる。小鳴門橋という名前に
侮るなかれ。大鳴門橋よりも20年以上早く、県道として海峡を渡
るつり橋として竣工した。このあとにも3本の橋梁が小鳴門海峡に
かかるが、アーチ橋や斜張橋、桁橋と構造が全て異なる。渡船から
眺められるのもまち歩きの魅力だ。鳴門線に乗って訪れてみよう。
それでは次回の投稿まで、ごきげんよう。