「玉虫陵古墳について」~ウンバボ歴史講座part1~
玉虫陵古墳とは、ウンバボ族初代マイクラサーバー(まいる神)において築造された前方後円墳である。
築造年は2019年2月末とされる。ウンバボ最初期から初期にかけての築造である。
面積・高さ共にウンバボ史上最大級の墳墓であり、内部の石室も華麗な装飾が施されていた。
付属する形で記念館が建てられ、築造に至った経緯を記した書と、存在してはならないはずの「玉虫の恥骨」が展示された。
石室内部までトンネルが掘られ、石室を見学することも可能だった。
文書の1ページ目は以下の通りである。
玉虫陵及び玉虫陵記念館は、tamamushi0508(玉虫ですよ!)氏が2019年2月25日に急逝されたことにより建立された。
玉虫氏は、World_of_tanksの長時間に及ぶプレイやVtuber因幡はねるへのガチ恋、CGC3優等チャレンジへの精神的苦痛、人工聖霊の挑戦、精神科への通院などの事由により、2単位落としてしまい、2留が確定した。
この文書はウンバボ史に残る名文とされ、後にウンバボ国宝に指定された。作者は不詳。一説によれば、はっちーびー氏の作文によるものともされる。
なお、このマイクラサーバーは後に解体されてデータのみがまいる神に管理されており、現在は訪れることができない。
現在ウンバボ族マイクラ部は玉虫神、砂糖神を経てまいる神へと運営が移っている。
玉虫神時代の有名な建築として「たかし神殿」があるが、これは玉虫陵古墳の築造に対して、族長への配慮から建立されたと言われている。
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