傘の記憶
母が、青いバラの傘と、赤いバラの傘を買ってきた。鮮やかな赤、吸い込まれるような青。大きな柄で丁寧に花びらが描かれている。
「しろばらとべにばら」の絵本をたびたび眺めていた私は、二本の傘が、まるで絵本から出てきた傘のように感じた。
姉と私は傘にかけよって、興奮した。
「きれい!」「白バラじゃなくて、青ばらなんだ。」「青のバラって初めて見た!きれい!」「青バラって本当にあるのかな。」口々に話していると、母が「あなたたちに買ってきたの」と言った。
姉と私は大喜びで、お互いにどっちを使うか、迷いながら、傘と戯れた。
傘をさす雨の日を想像して、さして肩にかけてみた。それから、傘の中に入って光にかざす。閉じて地面をツンツンつついて音を確かめてみる。閉じた傘を綺麗に巻いてスナップの止めやすさと取りやすさを何度か確認する。それからまたほどいてパンっとさしてみる。
新しい傘は造形美が完璧でどこをみても凛としていた。姉と私は「どっちも綺麗だし、その時の気分で好きな方を使おうよ!」と、ご機嫌で話し合っていた。
すると、台所から母が出てきて「あなたが赤よ、あなたは青」とすっぱり決めてしまった。
私達は「あ、そうなんだ。迷うものじゃなかったんだ」とシュワッと現実に戻った。
想像していた綺麗な雨と傘の世界は、途端に壁紙に描かれた渦巻き模様にかわり、周りを見るとそこは陽光の届かない暗い玄関で、無造作に置いていたランドセルの中から、宿題が私を呼んでいたのだった。
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