健やかにひきこもるために
中国のあるSNSからの依頼で、新型コロナウィルスが蔓延してひきこもりがちな生活を送らざるを得ない場合の注意事項についてコメントしました。せっかく書いたのでこちらでも公開します。
いまひきこもっているのが一番安全という状況なので、ひきこもりがちな生活に慣れる必要があります。ひきこもり専門家の立場から、できるだけ健全にひきこもる生活スタイルを考えてみました。
※ 「ストレス対処法」や「睡眠」の項目は、中井久夫「ストレスをこなすこと」(『精神科医がものを書くとき』ちくま学芸文庫)に依っています。
・積極的にひきこもる
受け身でひきこもってしまうと、ストレスがたまりやすくなります。目的を持って、あえてひきこもるという「設定」にしてみてください。
めったにないほど「まとまった時間」があるわけですから、筋トレや読書、語学など、いつかやろうと思ってできなかったことをやってみるのはどうでしょう。一か月限定で何かをがんばる「30日チャレンジ」などを試してみるのも良いかもしれません。
なにも「生産的になれ」と言いたいわけではありません。今あなたがひきこもることは、そのまま社会への貢献になっています。何もせず、ただ生き延びることだけで、価値を創り出しているのです。そのことは忘れないでください。
うつ状態になるのを防ぐには「規則正しい生活」「軽い運動」「十分な睡眠」が重要というのは良く言われることです。
・役割を決める
こういう非常時には、ふだんよりも家族の結束が強くなる場合もありますが、いさかいが起きたりして関係が悪くなることもあります。それぞれ家事などの役割分担を決めて、それをこなしてもらうのが良いでしょう。一人の家族に負担が集中することは避けるべきです。役割分担は固定してもいいし、そのつど決めてもいいのですが、とにかく家族全員で回していきましょう。
・対話する
閉鎖空間で複数の人間が暮らす場合、ちょっとしたすれ違いから険悪になったり、腹の探り合いでいらだったり、被害的になったりしやすくなります。その結果、虐待やDVが増加するおそれもあります。そういう事態を予防するためにも、日常的な「対話」を大切にしてください。
できるだけたくさん対話をするようにしてください。ここでいう対話とは、何かを決めるための話し合いや議論のことではありません。アタマもシッポもない、なんでもないお喋りのことです。つらいことや苦しいことも、言葉を声に出してみんなで共有すれば、軽くできます。
よい対話をするためには、次のようなことをこころがけてみましょう。
議論、説得、押しつけ、懇願、命令。これらは対話をさまたげます。いずれも対話を持ちかけるがわにあらかじめ結論があり、それを相手に押しつけることが目的になっているからです。同じ意味でアドバイスやダメ出しも禁物です。「相手がまちがっている」ことが前提になるからです。「良かれと思って」言われる言葉は、だいたいろくでもないものが多いので、ぜひ気をつけましょう。
よい対話の条件は、次のようなものです。対等であること、安心・安全であること、(できれば)3人以上であること、話をしっかり聴き応答すること、主観的な感想をつたえあうこと。望ましいのは「対話のための対話」であり、その目的は「対話を続けること」です。対話を終わらせないためにも、できるだけ結論を出してしまわないように気をつけましょう。
不要不急の、何の役にも立ちそうにない、どうでもよくて、のんきで、ささいで、くだらなくて、すぐに忘れてしまいそうな、そんな話題について、時間を掛けて、声を出して、お猿が毛づくろいするような気持ちで、たくさん喋ること。そういうのが、のぞましい対話です。
話題がありませんか? でも今ならそれこそ「新型コロナウィルス」をめぐる話題がうってつけです。危機感を共有できますし、話題はいくらでもあります。ただし、上から目線で「教えてやる」ような態度はいただけません。相手から「教えてもらう」姿勢のほうが大事です。
話し相手がいない? それなら「ひとりごと」を言いましょう。誰か相手を思い浮かべながら言うひとりごとは、たぶん立派なセルフケアになります。たぶんですけどね。
・人とつながろう
人間は社会的動物なので、人とのつながりは必要です。長い間一人でいると、心も体も調子をくずしやすくなります。
体については生活習慣病が悪化したり、廃用性症候群(筋力の低下や自律神経失調、エコノミークラス症候群など)が生じやすくなります。心のほうではうつ状態、被害妄想、強迫症状(潔癖症)などが生じやすくなります。
こうした変化を防ぐためにも、さまざまな形で人とつながるほうがいいでしょう。ただし、その方法は外出に限りません。電話やメール、SNSなどで、友達や知り合いとやりとりしてみましょう。直接会うことは難しくても、SkypeやZOOM、ボイスチャットなどで対話する機会を持つのもいいと思います。一定の節度を持ってやるならオンラインゲームも人とつながる機会になると思います。
メンタルヘルスの問題を抱えがちな中国の「留守児童(両親が長期の出稼ぎで不在となっている子ども)」も、親とSNSでつながっていれば精神的な健康を保てるという研究もあります。ときどき人とつながっておくことは、心のバランスを保つ上で、大切なことだと思います。
・ストレスチェック
自分自身の感じているストレスは、意外に気づきにくいものです。ネット上のストレスチェックリストを利用するのもいいのですが、とりあえずは睡眠の質や食欲の変化、意欲や疲れやすさ、いらいら感などに注意を向けてみてはどうでしょう。心身の調子を数値化して、日記につけることで変調に気づくこともあります。あるいは周りの人からどんなふうにみえるか、ときどき聞いてみるのもいいと思います。
・ストレス対処法
日本人のストレス解消法はおしゃべり、タバコ、酒、買い物、賭け事が上位とのことです。最近ではゲームもここに含まれるかもしれません。ただしストレスは、原因があるかぎりゼロにはなりません。ストレスが完全に消えるまで追求しすぎると、それはしばしば依存症に似てきます。7〜8割軽くなったら良しとするような、ほどほどの付き合いを心掛けましょう。
・睡眠の質を高めよう
ひきこもりがちで活動量が減ると、多くの人が不眠、眠りの浅さを訴えるようになりますが、これ自体は自然な反応です。もっとも質の高い睡眠薬は「興奮を伴わない疲労」です。たまに激しい活動でひどく疲れているのに眠れなくなったりするのは、それが興奮を伴うからです。
規則的な生活に加え、ルーチンな肉体疲労につながる活動を工夫してみてください。家事でも軽い運動でもなんでもかまいません。睡眠薬を使う場合は、クリニックなどを受診する必要がありますが、薬の力だけで眠ろうとはしないことです。特に依存性の高いベンゾジアゼピン系の薬は、やめるのが難しいので。
睡眠がしっかりとれているうちは精神健康はおおむね大丈夫です。たまには寝ずに頑張ることはあってもいいのですが、2日間、つまり48時間で収支をあわせてください。だいたい二日間で合計12~16時間寝ていれば問題ありません。あと「寝だめ」はできないようです。
睡眠の程度で、1番悪いのが「寝られない」です。2番目が「寝てもすぐさめる」、3番目が「眠っても寝た気がしない」、4番目が「いくら寝ても寝たりない」。それ以上は熟睡感、寝覚めのよさの問題になります。睡眠時間は人それぞれです。日中のねむけでこまらなければ十分。
寝る前は刺激をさけて、自分なりのリラックス法を工夫しましょう。例えばかるい読書、ゆるやかな音楽、ぬるめの入浴、かるい体操など、自分なりのリラックス法を工夫しましょう。スマホやパソコンを見ると寝付きが悪くなるという説には医学的根拠があるようです。寝る直前は控えた方がいいでしょう。動画サイトの「睡眠用BGM」が有効な場合もあります。お経、自然音、朗読などで寝付きが良くなる人もいます。
不眠を訴える人で意外に多いのがカフェインの過量摂取です。思い当たる場合は、カフェインを断ってみるか、難しければコーヒーなら一日3杯以内にするなど、工夫してみましょう。
起床時間はなるべく毎日決まった時間にしましょう。眠りが浅い時は積極的に遅寝、早起きに。寝床で長くすごしすぎると熟睡感がへります。規則正しい3度の食事、飲水、規則的な運動習慣を。朝食は心と体のめざめに大切です。夜食はごくかるく。毎日決まった時間に適度な運動をしましょう。
家の中でできる運動としては、筋トレやストレッチがありますが、最近ではリングフィットアドヴェンチャーやWiiスポーツのようなエクササイズ用のゲームもあります。
・飲酒
外食の機会が減り、家庭で飲酒する人が増えているようです。それを直ちにやめるべきとはいいませんが、言動が乱れない範囲にとどめましょう。一般に子どもは、親が酩酊する姿が好きではありません。また、睡眠目的の「寝酒」はやめましょう。依存症臨床でアルコールは、そのへんのドラッグよりもずっと「危険」なドラッグとされています。たまたま合法なだけです。
・子ども
子どもは大人よりも、ずっと環境のストレスを受けやすいため、配慮が必要です。信頼できる大人がそばにいてあげて、一緒に遊んだり、大丈夫と繰り返し伝えましょう。「外遊び」の機会をできるだけ持つようにしましょう。対話の大切さは言うまでもありませんが、一緒に外出する、ゲームするなどの「体験の共有」の機会を増やしましょう。叱責や注意は必要最小限にしてほしいのですが、そのさいは「総論YES 各論NO」、つまり、問題となった行動を注意して、本人の人格まで否定しないようにしてください。過保護・過干渉はもちろんですが、放置・放任も子どもの不安を高めますので要注意です。また、大人同士の口論は、子供の不安を強めるため気をつけましょう。
・メディア
不安が強いときは、Twitterなどのネットメディアとは距離を取るほうがいいでしょう。私の個人的な経験からは、非常時のメディアとしてはラジオがベストです。東日本大震災のおりに私も軽微ながら被災しましたが、ずっとNHKラジオ第一を聞いていました。情報量としては多すぎず少なすぎず、アナウンサーの淡々とした声が、気持ちをしずめる上ではとても役に立ちました。作業をしながら聞けるのもラジオの利点ですね。
私からは以上です。今後も少しずつ改訂する予定です。
もう少しまともなアドバイスを求める方向けに、WHOからの勧告を載せておきます(要点のみ意訳します)。
https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/coping-with-stress.pdf?sfvrsn=9845bc3a_2
・現状に対して悲しみやストレス、恐怖、怒りを感じるのは普通のこと。しんどければ信頼できる人(友達や家族)と話しましょう。
・自宅では健康的な生活スタイルを維持しましょう(食事、睡眠、適度な運動)、家族や友人と社会的なつながり(メール、SNS、電話)も大事。
・タバコやアルコール、ドラッグにできるだけ頼らないようにしましょう。もうだめだと思ったらカウンセラーなど専門家に助けを求めましょう。
・正確な事実の把握。正しい情報と知識に基づき適切な対処行動をとりましょう。信頼できる情報リソースを確保しましょう(WHOとか公的な機関の)。
・不安を煽るメディアの視聴時間を減らしましょう。
・以前に乗り越えてきた困難を思い出しましょう。私たちはあの震災を、原発事故を、洪水を乗り越えてきました。きっと今回も、何とかなります。
● 「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するこころのケアについて」(筑波⼤学 医学医療系 災害・地域精神医学講座 太刀川弘和教授)