【 ananの呪い】
なおちゃんの回復において、雇用と支援のバランスについていつも気をつけています。
また依存というものにも。
私が彼女に依存しても、彼女が私に依存してもダメだなと思い、意識的に線引きをしているところもあります。
2人の人としての関係性に線引きという事でなく、業務において私の都合の良い形には決してならないように、また彼女にとっても都合の良いものにならないバランスという意味での線引きです。
彼女に私の仕事を手伝ってもらうようになり、正直言ってとても助かっています。
元来とても細やかな人なので私が1つお願いするとそこから派生して必要かもしれないと本人が思ういくつかの提案までしてくれ、プラスアルファーの事までしてくれるのです。
しかし同時に彼女が体調が悪くなると作業ができなくなる、また本人のペースでしか作業ができないという側面もあるので納期が絶対であるといったような事は頼めなかったり、本人がしばらく休みたいと言えば何も言わずに「全然いいよ🌸」以外の返信はしないように心がけたりしています。
今私が彼女を1人雇用するほどの力量が私にない事もありますが、逆にいうと雇用という形にそうなってくると本人が体調によっては仕事ができなくなるという自由も奪う可能性が高くなってきます。
そういった物理的な理由もあるからお手伝いという範囲でできることを頼んでアルバイト的な形に今なっています。
そこで大切にしているのは、お互いが過剰に関わるわけではないけれど完全なる仕事でもないのでお互いの認識のずれがないように、
お互いの感謝の気持ちがなくならないようにと常に意識しています。
ひとつ崩れるとバランスは簡単に崩れてしまうからです。
話は変わってきますが
彼女との関係からよく考えるのが「働き方改革」だったりします。ワークシェアリングというのをよく聞きますが日本ではなかなか浸透しないなと思います。
ワークシェアリングをすることで雇用を増やして一人一人の負担が減る事は凄く良いはずなんですが
そうなると当たり前ですがお給料は減ります。
そうなると自分がどう生きたいかという人生における価値観も大きく関わってくるのじゃないかと思うのです。
働く時間が減り自分の好きな時間ができたものの
あれも欲しいこれも欲しいもっと欲しいもっとやりたいという欲求は変わらず
生活がいっぱいいっぱいになってしまう人もいるかもしれません。
またそうなって来るとその事で不安になり心のバランスが取れなくなるという事もあるかもしれません。
単純に時給が上がれば良いのかもしれないのですが現実的には難しく、結局長時間労働をしないと生活が出来ず、長時間労働する事でやはり心が疲れてしまい心身まで病んでしまうというのが現代なのかと思うのです。
かと言ってワークシェアリングする人は多くを望むなという事では決してありません。
本当の意味での働き方改革がうまくゆくためにはどう生きたいかという事がやはり関わってくるのだろうと私は思っているという話なのです。
そう言った意味で未だにインスタ映えというものにアレルギー反応が私にはあるのですがこれは貧乏人の僻みかもしれません苦笑
あと、ananなどの雑誌で昔よく見かけましたが
「好きを仕事にする方法」とか、「好きな事で生きてゆきたい」などという文字を見るたびに
ananの呪い と個人的に呼び続けています(笑)
この呪いはとても怖いことにここ15年くらいよく見かけるので中高生から相談を受けるときに
「どうやったら好きなことだけして生きてゆけますか?」
とか、もう働き始めた新社会人の方に「仕事がつまらなくてもっと好きなことだけしたいんです」と言われるたびに
これは呪いの結果だ!と心のどこかで思ったりします苦笑
もちろん私は今の仕事、歌手活動を出来る立場にありますから好きを仕事にした人だし、
好きなことを仕事にできたことに心から感謝しています。
今の自分でいられる全ての出来事に心から感謝しています。しかし好きを仕事にすると楽しいだけかと言われると本当にしんどいことの連続です苦笑
体力的にというよりは精神的に本当に辛いことが多いです。
それでも好きなことをさせて貰ってるんだから辛いのは当たり前だと日々乗り越えてきました。
好きなこと=楽しい、素敵、キラキラ
だけを想像した若者に出会うたびに、
「好きを仕事にすると大変辛いですよ、一瞬は良くても継続は本当に精神的に大変なものですよ」と伝えています笑
好きなことを仕事にするというのはそうゆう事だと思っています。
ぜひananさんにはその辛いところをがっつり雑誌に書いてインスタ映えない事をどんどん載せてほしいと常々思っています笑
あっ、話が完全に逸れました笑
心の病と雇用、どう生きるかという価値観
これは切っても切り離せないなと色んな方の相談に長らくのるようになって痛感している出来事です。
皆さんはどう思いますか?