おじおじさぎ
もうイケメンには懲り懲りよ。次の彼に最も求めるのは癒し。私を癒してくれる存在はどこ。
そう思いながら、マッチングアプリに出てくる男の人を次々と左に左にスワイプしていく。
こんな心情の時に限って、イケメンばかりが登場してくる。イケメンでなければこのアプリに登録させてくれないのではないかと錯覚してしまう程に。
でも錯覚はあくまでも錯覚であって、真理ではない。
20人左にスワイプした時、待望の光景が表示され、画面に目が釘付けになった。
画面に映し出された人物は、これまでのイケメン達とは一線を記す程にイケメンとは言いがたい存在だったからだ。私が切望してた存在。
包み隠さず述べるなら、ザ・ブサイク。年齢も40代前半と表記されていた。私と20近くも違う。名前欄には、正信と書いてあった。
プロフィールの詳細を見てみると正信さんは、ブサイクなだけではなく、他のスペックもマッチングアプリ界隈では不人気の象徴のようなスペックだった。
低身長、小太り、フリーター。趣味欄には『昆虫』と記載してある。
申し訳ないけど、100人いたら99人は即座に左にスワイプすると思う。しかもスワイプする指にかなりの勢いをつけて。
でも、私はそんな正信さんを右にスワイプした。この人ならきっと私だけを見てくれると第六感が働いたから。
スワイプした瞬間にマッチングが成立した。どうやら正信さんも、私を右にスワイプしてくれていたらしい。
それから約一月間、私たちはメッセージのやり取りを行った。幸いにも予感は的中した。私がメッセージを送ると必ず五分以内には返信がきた。そのことだけでも、正信さんは私だけを見てくれているんだと安心させてくれた。
メッセージの内容は案外普通だった。昆虫の話を沢山してくるかと思ったけど、意外にも私の好きな歌手やドラマの話で盛り上がることもできたから年の差は気にならなかった。
ただこれだけは仕方ないのだろうけど、メッセージからはオジさん臭が醸し出されていた。最近、私と同世代くらいの女の子達が、オジさんが送ってくる文章を面白がって真似するのが流行ったんだけど、正信さんが送ってくる文章はこれぞお手本だと言わんばかりのオジさん文章だった。
佳苗ちゃん😄おはよう☀️今日も天気が良いね👍昨日の夕飯にこの秋初めてのさつま芋を食べたよ🍠🍠美味しかったよ‼️
これくらいならまだ許せるんだけど、最近はどうも調子に乗ってきたのか
佳苗ちゃん😄今夜は満月みたいだよ🌕🌾こんな日に佳苗ちゃんに会ったら、狼に変身しちゃうかもね🐺😘❤️
なんて、毒々しいのも送ってくるようになってきてしまった。
これは直接会って説教してあげなきゃ、と思ったから、今日こうして正信さんと初めて会う約束を取り付けた。
待ち合わせ場所に指定されたのは、定番のハチ公前。集合時間に間に合うように余裕を持って家を出た。だけど、途中で人身事故があったせいで20分も遅刻してしまった。
慌ててハチ公前に駆け寄って正信さんを探したら、すぐに正信さんらしき後ろ姿が見えたから声を掛けた。
「正信さん、ごめん、お待たせ」
「すいません。僕は正信では無いです」
正信さんではなかったその男性は嫌悪感丸出しで目配せしてきたので、私は急いで謝った。
それからハチ公周辺を隈なく探したけれど、正信さんらしき人は発見できなくて、困惑していたら、突然背後から肩を叩かれた。
「お待たせ、佳苗ちゃんだよね。正信です」
私はさっきの正信さんと間違ってしまった男性よりも怪訝な表情になった。
「正信さん?写真と全然違うじゃん」
驚きのあまり、思っている以上のボリュームになってしまった。
「ごめんね。でもこれには訳があって、ちゃんと説明するから」
そう言って正信さんは私を喫茶店に導き、私が好きなミックスジュースと自分の珈琲を注文した。
メッセージのやりとりの中で私がミックスジュース好きだって言ったのを覚えてくれていた。
正信さんは運ばれてきた珈琲をキスするように一口飲んだ。
「佳苗ちゃん、改めて、本当にごめんね」
テディベアのようなつぶらな瞳で私に訴えかけてくる。
「本当の姿で登録しちゃうとさ、それ目当てで寄ってくる子ばっかりで、ウンザリしちゃってたんだよ」
左手で額を抑えているだけなのに、色気が溢れている。
「あの写真は親戚の叔父さんのを勝手に使っちゃたんだ。外見ではなくて中身を見て欲しくてさ」
話すとチラッと見える歯は芸能人のように真っ白に輝いている。
「佳苗ちゃんは、僕の中身を知ろうとしてくれた。それがとっても嬉しかった。こんな僕を許してくれるかな」
正信さんはそう言い終わると、もう一度珈琲カップにキスをした。
許してくれるかですって?
許すも何も、なんなのよ、この状況は。
私の頭はポケットでぐちゃぐちゃになったレシートのように取り散らかっていた。
ハチ公前に現れた正信さんはプロフィールとは全て”真逆”の美青年だったからだ。
高身長で程よく筋肉がついていて、私より小顔で美白で、鼻筋も通っている。服装もジャケットを綺麗に着こなしていて、纏っているシトラスの香りも爽やかさを後押ししている。
そう、私の目の前に現れたのは、”ただの”イケメンだった。
「許すも何も、全部違いすぎて、わかんないよ」
そう言われた正信さんは、もう一度深く謝罪してきた。そして、「今日はお詫びにスペシャルデートコースを用意してるから」とか言ってきたのだ。
何が、スペシャルデートコースよ。”ただの”イケメンのくせに...
...
...
ちゅん、ちゅん。
早起きの雀たちが朝の知らせを伝えようと可愛らしく鳴いている。
私は隣で気持ちよさげに寝ている、ただのイケメンの顔を見つめている。
正信さんのスペシャルデートコースは完璧だった。
もうこの道で決まってましたよ、と言わんばかりにあれよ、あれよと事が進んでいって、気づいた時にはシャワーを浴びていた。
こ、これだから、ただのイケメンは嫌なのよ。
私は自分を納得させるためにわざと真逆の感情を頭に浮かべた。
一筋の日差しがカーテンをすり抜けてきた。
翌日、正信さんからメッセージが入った。
佳苗ちゃん❤️昨日はすっごく楽しかったよ‼️‼️次は遊園地に行こうね🎡💙
そこだけは偽りじゃなかったのね。
終わり